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《髪、お守り.》

 別れの三月。日に日に暖かさが増していく季節だけに、寂しさは一層濃厚なものとなる。

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 先日、小さな別れがあった。5年間お世話になった美容師さんが、営まれていた美容室をたたんだのだ。ここ数年の中でもっとも寂しさを感じた別れかもしれない。それほど大切な出逢いだった。

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 ショートカットの世界に初めて飛び込んだその場所。お任せでお願いした初回、セミロングの髪はあっという間にショートになった。それ以来、短い髪は心地いい定番となっている。

 また、ご自宅でひらかれていたサロンへ行くことは、カット以上の神聖な行事となっていた。まるで禊ぎ(みそぎ)のために神社へお参りするかのような特別なひと時で、毎回心新たにさせられた。

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 最後の日。(とはいっても最後であることをその時知らず、画面を通して後から知ることとなる。それもこの美容師さんらしいなと思う。)髪のケアの話になった。教えてくださったのは、化粧水を持ち歩いて、お化粧直しの時に髪に吹きかけるといい、ということ。そして乾かないうちに、すっと櫛(くし)を通す。みるみるパサっとした感じが消え、髪が潤うこの習慣をひどく気に入った。一日家にいる日でさえ、午後になれば髪に化粧水をしゅっとしてしまう。

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 お守りみたいと、このちょっと素敵な習慣のことを想う。持ち歩く時にはいつもの化粧水を100円均一で買ったスプレー式の小瓶に注ぎ、バッグに忍ばせるだけなのだけれど、心づよさを感じるのだ。「綺麗」をいつも近くで応援してもらっているような気がして。

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 こうしたお守り。ふりかえると、わたしの中にいくつもあった。高校時代の先生が、ほろっとかけてくれたありのままの自分でいいと思わせてくれる言葉に、かつての習い事の先生がみせてくださっていた美しく歳を重ねる姿、祖父が大切にしていた四季を愉しむ心。出逢いの一つ一つがお守りを授けてくれていたことに気づかされる。

 三月の別れは寂しい。けれど、それはこれからの人生にそっと寄り添ってくれるお守りに気づいていく季節なのかもしれない。春一番の吹く日にそんなことを想った。

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