0021 《虜なこと.》
久しぶりだった。でもやっぱりその場所をみると胸が高鳴るのだった。
地味な用事をすませるために、自転車に乗っていた。地元だけれど、初めて通る道。目的地を前にして、鮮やかな光が目にとび込んできた。思わず自転車を止めておりてしまう。
フェンス越しには一面に赤茶色の土がみえる。その上を、男の人たちが白球を追いかけていた。市民グラウンドのその光景は真夏のそれのようにきらっと眩しい。まだ夏の入り口の6月初めなのに。
野球場にこんなにもわくわくするようになったのは、いつからだろうか。高校一年生の時に、同級生の野球部員から「スコアラーやってよ」と言われて、週末グラウンド脇のベンチでもくもくと試合の記録をスコアブックに書き始めた頃は、まだ校庭の一部としか思っていなかった。
でも気づけば、そこには魔法がかかることを知るようになっていた。
土と芝生とベースと白線があるだけのその場所で、ゲームが始まると途端に物語が紡がれはじめる。100年以上の歴史のある野球だけれど、一つとして同じストーリーがないことはすごいなと思う。
その土がそこで生まれる物語を全て記憶しているせいか、選手のまだいない静かなグラウンドからも、何か秘められたものが湧き立っているのを感じる。試合が始まる前の球場のその空気が好きで、観戦する日はついつい早めに家を出てしまうのだ。ロサンゼルスにあるドジャー・スタジアムで夕焼け空のもと、穏やかだけれど熱のこもった風にあたりながら、座席で本を読んだあの日のことはこれからも忘れないだろう。
徐々にスタンドは賑わいを見せ始めて、ホットドッグやらポップコーンやらの匂いもただよってきて、そして選手がグラウンドに姿をあらわす。もうすでに魔法はかけられているのだけれど、それが本物に変わる瞬間を皆で待つのだ。
メジャーリーグでもプロ野球でもアマチュアでも、同じように球場の魔法はあって、同じようにその場所の土が一瞬一瞬を受けとめているように思う。
そんなふうに、野球場をみてしまうわたしは、すっかり野球の虜になっているなとあらためて気づくのだった。
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