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第四話初稿 阿賀北ノベルジャムプロトタイピング~最終話~

最終話初稿完成

 何度野に伏しただろうか。
 実際にはフローリングだがこの際関係ない。ここが荒野だ。
 
 noteの投稿日を見ればお判りいただけるだろうが、この企画は一週間につき一話作る。が、4話初稿は七日くらい押した。プロットは作れても文章にできなかったのだ。疲労と寝不足と焦りで精神はスラムになった。
 それでもなんとか出来上がったのがこちらである。なお、上記の通り今回は予定が押しに押したため、note投稿時点で既に編集さんによる校正が入っている。そんな最終、第四話である。

※扉イラストはみんなのフォトギャラリーからももろ illustrator 絵本さんのイラストをお借りしました。

第四話

 明かりに煌々と照らされた大広間で、式は粛々と進められていた。入口から右に襖、左に障子戸が連なり、それらに沿うように両親族がずらりと並ぶ。その数は合わせて100は下らないだろう。といっても、姉の親族は僕だけのはずだから、その他の狐は新郎側だろうか。僕の席は、左列の一番前で、背面の障子戸の先は庭園につながっていた。
 そうこうしているうちに、花婿の持つ赤い盃に金色のお銚子からお酒が注がれる。その後、小さい盃、中くらいの盃、大きい盃の順で二人は酒を飲み交わしていく。いわゆる三献の儀だ。

「ささ、豊久くんも」

 隣の狐から御膳の白い盃になにか飲み物を注がれる。

「これは?」
「花嫁の親族と花婿の親族がひとつになる証だ。私たちも家族になるんだよ」
「家族?」

 見渡せば向かい合った狐たちもみな白い盃を手にして僕を見つめながら微笑んでいる。頬笑みながらも、なぜだか身動き一つしない。
 手にした盃は黄色く輝く液体を湛えている。なんとも芳しい香りに、ここまで飲まず食わずで歩き通しだった体が生唾を飲んだ。

「さあ、一息に」

 促されるままに盃を掲げた、その時である。
ガン、という音とともに、僕の持っていた白い盃が弾かれた。そして飛んできた赤い盃もろとも隣の狐に直撃したのだ。短い悲鳴をあげた狐は、酒が目に入ったらしく唸り声をあげる。式場がどよめいた。

「この、何をする……!」
「それはこちらの台詞だ」

 地を這うような花婿の声に、式場のすべてが口をつぐむ。
 見れば左手に花嫁を庇い、右手にあったはずの盃は空を飛び、指からは酒を滴らせたていた。ぱた、た、と雫が畳に落ちる。

「ちょっと、何を……」
「いいから、豊久くんは下がっていなさい」

 僕の横を通り過ぎ、花婿は狐にずんずんと近づくと、その胸ぐらをつかんだ。
 苦しげな声が上がる。狐の爪先が畳を掻いた。

「この……、式をやり直させてやった恩を忘れたか」
「先に手を出したのはお前たちだ」

 花婿の濡れた右手から火が上がる。熱がるそぶりも見せずに胸ぐらを締め上げる花婿を見るや、さっきまで微笑んでいた列席者たちも立ち上がり、広間は殺伐とした空気が醸し出された。

「う、腕が、燃えてる!」

 目の前で起きていることがなにか理解できず、僕は思わず見たままを叫んだ。花婿の右腕の肌がところどころ綻び、中から火を吹いている。
 肌のヒリつく空気の中で動けないでいると、後ろから裾を引かれた。

「トヨ、こっち」
「姉ちゃん、なんなのこれ」
「いいからついといで」
「お前たち、追え!人間が逃げるぞ!」

 狐がこちらに何匹か向かってくる。
 それを見た花婿が、掴んでいた狐を投げつけた。
 よろめいた狐は落ちた盃を踏み割ると、そこからも火の手が上がった。
 誰かの叫びで悲鳴が噴き出す。御膳を蹴り倒して押し合いへし合いの中、一匹の狐が周りを突き飛ばして襖に飛びついた。だが火は花道をまっすぐに走り襖ごと燃やしてしまう。狐がもんどりうった拍子に畳や襖にも火が吸いついた。
 花婿から叩きつけられた熱気で、僕は思わず目をつぶる。次に目を開けたときには、広間のほとんどが火に包まれていた。

「義弟(おとうと)を連れて行くのだけは許さん」

 花婿の狐面が焼け落ちる。怒りに目元が筋張り、その横顔はゆらめく火を受けて輝いていた。
 一方狐たちも赤い目をギラギラとさせ、最早なりふりかまわずといった様子で僕に爪を立てようとする。火に踊る影は、ただこちらを飲み込もうとする異形の口に見える。思わず情けない声が漏れた。

「久方ぶりの食事だ、逃がすものか!」

 動転して蹲ってしまいそうになりながらも危機一髪を繰り返す。だが、そうして自身の状況を認識できる程度に冷静になったのが悪かった。それまで肉体の反射で逃げていたのに、余計な思考が挟またことで足がもつれる。咄嗟に火を避けたが腹を蹴られ、梁に背中を強かに打ち付けた。肺の中の空気がいっぺんに吐き出され、視界が明滅する。
 ゆらりと影が落ちる。嫌な予感に見上げると、数匹の狐らしきものが見下ろしていた。らしき、というのは、彼らの身体が焼けたところから黒い靄になっていたからだ。中には狐の形をほとんど残していない者もいる。その姿はこちらに迷い込んだ最初の祭りで見た、あの黒い靄の塊そのものであった。

「あ……」

 身体が反射的に空気を吸い込もうとする。しかし火の手の強まるこの場所では徒らに肺を焼くだけだった。
 黒い靄が迫る。
 喰われる。
 そう思った瞬間、自身を取り囲んでいた影が炎に轢かれたかのように消し飛ぶ。
 誰かに襟を掴まれた。抵抗むなしく足が浮き、そのまま振り子のように奥の襖に叩きつけられる。今度は背中を丸めて衝撃をやり過ごす。それでも軽く咳きこむと、襖の後ろに引きずり込まれた。

「トヨ、立って。いくよ」

 広間に隣接したその部屋は、照明は落ちていたものの、部屋の外にある火の燐光で明るく照らされていた。何もわからないまま、あの番傘を持った姉に手を引かれ、屋敷を飛び出した。
 炙られた肌に吹き付けた風が冷たい。肺がヒリつき、吸い込んでしまっていた煙を吐き出そうとえずく。
 崩落の音に振り返る。
 屋敷は燃えていた。窓という窓から火が噴き出し、屋敷を飲み込み、周囲の木々にも燃え移らんばかりに揺れている。まさに、屋敷に入る前に見た幻覚と同じ光景だった。

「姉ちゃん、どこに行くの」
「川へ」
「花婿さんは」
「いいの」
「え?」

 襖に叩きつけられた拍子に見えたのは、肘から手の甲にかけて走る傷跡だった。でも、それだけだ。顔も何もなかった。狐たちと同じように身体の大部分がなくなり、腕が火の中にあっただけだ。

「──いいのよ」

 姉はそれきり何も言わず、白無垢が汚れるのも構わず走った。
 どれだけ進んだだろう。爆ぜる音も聞こえなくなったころ、ようやく姉は止まった。もう一歩も進めないようだった。

「ここからは、一人で行きなさい」
「なんで!」

 思わず声を荒らげた。ここまで不可解の連続で、自分は状況が理解できなくて流されるだけだったけど、ここで流されるわけにはいかなかった。
 だって、姉を置いていくってことは、あの化け物たちの中に置いていくってことじゃないか。屋敷だけじゃない。祭りで見たように、ここにはそういう「よくないもの」が蔓延っている。

「ありがとうね」

 柔らかな拒絶を受けた。傘が胸に押し付けられる。

「……なんで。姉ちゃんも行こうよ」
「私ももう、こちら側だもの」

 姉の狐面が剥がれ落ちた。白い毛の生えた手、髭のある頬、長細い目。それは紛れもなく白狐だった。

「川に行って、渡し守を探しなさい。傘を譲れば乗せてくれるはずよ」

 藪を抜ければ、渡し守はすぐに見つかった。広い河原の中で、赤い提灯が一つ夜闇に浮かんでいる。桟橋は小さかった。

「ごめんください」
「はいよ。おお、アンタかい!また会ったな。ポッポ焼きはご馳走様」
「あの、向こう岸まで乗せてくれませんか」
「何人様だい」

 藪を振り返る。誰もいなかった。

「……一人です」
「はいよ。一名様ご案内だ」

 ギシギシと鳴る小舟に乗り込む。渡し守は提灯を回収し、舟は川へ漕ぎ出した。舟上は狭く、僕は傘を抱いて小さくなって波に揺られていた。

「しっかしアンタ、花婿のせいでこんなとこまで連れてこられて不憫だな」

 櫓を漕ぎながら渡し守が言う。何か返す気にもなれなくて黙っていたが、渡し守は気にせず一人で喋り続けた。

「でもこうして戻ってこれるたぁ運がいいね」
「よかったな。アンタ、生き返れるよ」

 もう雨は降っていなかった。

「そら、もうすぐ着くぞ」

 岸が見えてきた。見覚えのある、子どものときによく遊んだ河原だ。

「さて、ここらで船賃をいただこうか。きっちり払ってくれよ」
「どうぞ」

 赤い番傘を差し出した。思えばこちらに迷い込んでからまともに話が通じたのはこの渡し守が初めてだった。カツアゲされたりしたが、それでも少し安心したのを覚えている。もう遠い過去のように感じるが、実のところまだ一日も経っていないのだろう。
 そんなことを考えていたら、渡し守は、また小さな手の平を出してきた。

「え、もう払いましたよね」
「おう、行きの分な。ツケられてたから割増しにしてもいいけど、まあ今回は見逃してやるよ。で、帰りの分は?」

 サッと血の気が引く。金など持っていない。

「え、無いのか?本当に?参ったなぁ」

 渡し守はウンウン唸りはじめる。

「じゃあ、こうしよう」

 舟の隅から取ってきたのは、欠けた茶碗にサイコロ三つ。時代劇で見た丁半だろうか。

「オレが今からサイコロを振るから、アンタは出目が丁(偶数)か半(奇数)を当てるんだ。当てたら船賃はタダにしてやるし傘も返してやる。どうだい?」

「もし外したら?」
「なあに、あんたの命をもらうまでさ」

 渡し守はガラゴロとサイコロを茶碗の中で転がし、それを勢いよく伏せた。声を張り上げる。

「さあ張った張った!丁か、半か!」
「ち、丁」

 ニタ、と渡し守が笑う。そして、ゆっくりとサイコロが現れるのを待つ。背中を汗が流れた。



 嫁入り行列が始まる。
 今年は高校ぐるみで参加することになり、狐風メイクを施された級友たちが神社のそこかしこで愚痴をこぼしていたり、スマホで自撮り写真を撮ったりしている。俺たちの仕事は花嫁と傘持ちの後ろを歩く提灯持ちだ。子供たちのように舞を踊ったりすることもなく、ただ夜通し歩くことになるから面倒くさい。
 この花嫁行列には県内外から観光客がやってくる。既に沿道にはスマホを構えた人々が詰めかけている。
 学校で聞いた話では、新郎新婦とその家族が揃って火災で亡くなってしまい、その鎮魂の為にこんな行事を毎年しているらしいが、どちらかと言えば見る側が良かったなと思う。
 まだ時間はあるだろうと開いたツイッターである話が目を引いた。なんでも火災の原因が花婿にあったらしいという噂だ。「花婿が式の最中に突然燃えだした」とか「花婿に助け出された子も居たが死亡した」という話が「知らんけど」という末文と共に投稿されている。

「何それ。ガソリンでも被った?つかなんで発火しといて生きてんだ。人間じゃないだろソイツ」
「どした?」

 覗き込んできた友人に件の投稿を見せるが二人そろって首をひねるばかりだ。

「なにこれ」
「知らん」
「そろそろ始まるぞ。提灯持って集合!」

 教師の声にスマホをしまって提灯を探す。しかし見つからない。わかりやすく自分の背後の行燈の隣に置いておいたのだが。

「あれ?俺の提灯どこ?」

 周りの奴らに聞いてもみなちゃんと自分の提灯を持っていた。流石に焦って探し、神社の裏手まで回ったところで煙草の匂いが漂う。
一部だけ明るくなっている木立に近付くと、今時珍しい煙管から細い煙がくゆっている。赤い傘が見えた。
 木立の中から「これ、アンタのだろう」と声がかかった。

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