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第一話初稿 阿賀北ノベルジャムのプロトタイピング

阿賀北ノベルジャム/prototype

 一か月で小説を作る。

 これは阿賀北ノベルジャムというイベントの試行(プロトタイピング)だ。コロナ禍を受けて阿賀北ノベルジャムはオンライン開催に舵を切った。
 オンライン開催は本家も未経験なので、実際にイベント縮小版を走らせて問題点などを洗い出そう、ということで「阿賀北ノベルジャム/prototype」を開催している。詳しくは活動日誌を読んでいただけると速い。

 プロトタイピングの流れは以下の通り。

①各話の初稿を書いてnoteで公開

②編集さん(藤井創さん)に赤を入れてもらって修正、のちにエブリスタに入稿

基本的にこれらを繰り返す。

 web会議システムZoomを使っての会議とSlackでの会話だけが編集さんとデザイナーさんとのコミュニケーションだ。

 ちなみに本家と違って長期間の制作なので、日常も回さなければならない。筆者には大学がある。複数のレポート課題と被ってすでに何度か地獄を見た。藤井さんからは「ちゃんと寝た方がいいものできるよ」と言われた。至言である。

 さて、以下がいま制作しているものの第一話初稿だ。ここに編集さんから赤ペンをもらって修正する。

 読者におかれましてはこの初稿と今週末にエブリスタに投稿される文章を見比べてみるのも一興なんじゃないかな。

2020/07/17追記 エブリスタにて本稿が上がりました。編集の藤井創さんに校正をしていただきました。

第一話初稿

 気付けば山道に居るようだった。

 錦糸のような雨が降っている。夕日が止ま向こうに消え、残り火が空を染めていた。天気雨だ。風を伴わなずさらさらと降る雨が、火照った体に気持ちが良かった。

 じき真っ暗になるだろう。東の稜線も既におぼろげだった。

「どこだここ」

 場所も、自分が何をしていたのかもわからない。通っている高校の周囲にもこんなくらい山はなかった。

 すっと腹の底が冷えた。山には熊や猪、よくないものが出るとは姉の言だ。ましてや昼と夜の境であれば熊は活発に行動する。人に追いやられて飢えた獣が何をするか。

「姉ちゃん心配してるよな……」

 ウゥと唸った。唯一の肉親たる姉は気立ての良い美人と評判だが、俺の親代わりの自覚がありすぎるきらいがあって怒るととても怖い。きいきいと叫ぶのではなく、正座して向かい合わされるのだ。あれは鬼火で炙られているのではないかと思うほど冷や汗が出る。身震いして慎重に、けれど素早く道なりに降りる。ご近所の朝一の議題にあがりたくはなかった。

 なだらかな坂道をしばらく歩くと、ドンチャンと祭囃子が聞こえてくる。

「よかった、人いた」

ここまで来れば熊も居ない。張り詰めていた背中から力が抜けた。

 木々に提灯が吊るされ始めた。暗闇に赤い光が寄り集まっていて生きているようだった。
 明かりを追いかけて山道を抜ければ、ひょうきんな笛太鼓が一気に迫ってきた。
 祭りだ。街道に並ぶ露店が煌々と光り、黒い人影がひしめいている。
 昔姉と一緒に見た五社神社の祭りよりは小規模だったが、りんご飴に型抜きはもちろん、ぽっぽ焼きの字も何軒か見えて胸が弾んだ。
 祭りには大概、警察の詰所や祭の実行委員の本部がある。そこで道を聞くなりすればなんとか帰れるだろう。吸い込まれるように露店が並ぶ道に入った。
 しかし、高揚は長くは続かなかった。
 店はある。人影はある。しかし露店の店主たちも遊びに興じる客も、みな黒い靄のかたまりなのだ。売っている品物もどこかおかしく、あちらではカスミに火花を乗せたもの、こちらは飴の下で何かが蠢いてるりんご飴らしきものと全体的におかしい。
 これはまずい所に来てしまったか。今更隠れられる場所を探すが、大きな黒い靄が何体も入って来て客の流れに取り込まれてしまった。
 黒い靄の言葉は水の中で喋っている外国語のようで聞き取れない。だが雨が降っていても全く気にしない様子を除けば、人間と同じように祭りを楽しんでいるように見えた。
 しかし流されているうちにジロジロ見られている気がしてきた。談笑しながら目線だけこちらに注がれているような居心地の悪さを感じた。どこに目があるのかもわからないけれど。
 比較的おかしくない見た目のポッポ焼きの露店へ逃れた。

「……」

 じっと意識を向けられる。店主もやはり黒い靄のかたまりだったが、にゅっと細い紐のような腕を伸ばして、ぽぽぽいと焼き型からぽっぽ焼きを取り、袋に詰めて差し出した。薄緑の包み紙がポッポ焼きの蒸気でしんなりしている。
 慌てて身体を検めるも財布は無い。あるのは胸ポケットにあった生徒手帳くらいだ。小銭がないかと開くが、目の座った己の写真とその下に「長谷川 豊久」とあるだけだった。

「すいません。俺、今手持ちがなくて」

 細い腕が袋を揺すった。それでも渋ると、黒い片腕が俺の生徒手帳を抜き取り袋を押し付けた。そうして生徒手帳を掲げると、靄の真ん中に横1m程の口が現れ「まぐ」と食べてしまった。
 絶句する俺を店の外へ押し出すと細い腕をちらと振って、もうこちらを見なかった。
 雨は未だ降っている。冷えた体に抱いた熱がありがたかった。

 驚きのまま露店の並びを抜けて木立に入ると先客がいた。

「すいません。俺も雨宿りしていいで、すか……」
「はいよ」

 狐だ。着物を着た狐が木の根に腰掛けて煙管をふかしている。

「ん?」

 狐は振り返ってオヤ、という表情をすると木の根を煙管で叩き、ニコと目を線のようにして笑った。

「いいモン持ってるな。もう食ったか?」
「いえ、これから」
「そりゃあいい。腹減って死にそうだったんだよ」
「え」

 狐はぽっぽ焼きの包みをひょいと奪うと懐に入れてしまった。

「か、カツアゲ」
「人聞きの悪い!ちゃんと料金は払うさ。当たり前だろう?」

 狐は傍らに立てかけていた番傘を差し出した。赤い和紙が張られ、骨組は黒くつやめいている。傘に対して柄が少々長すぎるが、商家が差しているような立派な傘だった。

「探してやったんだ。アンタに返すよ」
「俺のじゃないです」
「いや、アンタのだ」
「こんな立派なものもらえません」
「祝いの席なんだから立派なの持てよ」
「さっさと行けよ。姉ちゃん待ってるぞ」とあごをしゃくって狐は去ってしまった。

 狐の示した方角は真っ暗だったが、ぽつりぽつりと火が浮いて見えた。
 嫁入り行列の提灯の明かりだった。

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