由美子

(鼻を啜る音)…由美子と初めて会ったのは夢の中で、僕は9歳でした。由美子は髪の毛が長くて、目がくるっとしていて美人なのですが、笑うと少し気味が悪いです。歯並びのせいでしょうか。とうもろこしみたい。
 由美子と出会って、僕はぞっこんになってしまいました。他の女の子なんか目に入らなくなりました。由美子と会うために僕はひたすら眠りました。脇目も振らず眠りました。彼女は優しい人でした。彼女は僕に失望しないのです。それを僕はわかっています。
 でも、17のときから由美子は僕の夢に出てこなくなりました。……‥僕が、他の女の子の手に誤って触れてしまったからです。最初はきっと彼女は少しすねているだけだと思いました。でももう、彼女は来ないです。憎き小島なつ子。あいつの手さえ触れなければ。きっと由美子は傷ついたんです。他の、汚らわしい女の手なんか僕が触ったから悲しんだのです。こんなにも僕は由美子を思っているのに。僕の女神、どうして解ってくれないの。君に会えなくなってから5年間、僕はろくに眠れない。君の絵ばかり描いています。恋はどうしてこんなに苦しいの。君の絵を描こうとしても、君の顔を思い出せなくなってきている。いっそ君に会っていなかったらと思うけれど、それでも僕は、君に出会う前の安楽よりも、君と会った後の地獄の苦しみを選びます。あ、きみ今絵の中で笑ったね!なあんだ、僕は幸せ、大丈夫じゃないか。世界は広大なとうもろこし畑なんだよ。ふたりでとうもろこし畑へゆこう。う。うう、ううううう!(しばし沈黙)
……僕は少しおかしいんでしょうか。もう自分が怖いんですよ!!!ずうっと、彼女に出会った日から、世界がきらきらしていて、地に足がついていなくて怖いんです。思春期に絶望的に恋をしてしまったから、ぼくはもうだめなんです。最近では、絵の中の彼女が喋りかけてくるんだ。ぼくは嬉しさと恐怖と興奮で吐きそうになりながらその言葉を絵に書き留めます。こわいんです。普通の人生ってなんですか。僕が彼女のことを話すとみんなが怖がる。だから僕は孤独で、ますます彼女しかいなくなった。……
(嗚咽)そんな目で僕を見ないでよ。僕をここから連れ出してください。お願いします。最近、由美子がずっと「夢の中から連れ出して」って繰り返し言うんです。でも由美子は夢の中から出てきて、幸せになれるんでしょうか。僕が夢の中へ行けたら。恋って、怖い、僕は、もう傷つきたくない。
 次は、彼女の人形を作ろうと思います。シリコン製の。等身大です。由美子は僕が会ったときから、ずっと16歳の背格好をしているから、記憶よりいくらか小さめに作ったほうがいいかもしれない。これって結婚と何が違うんでしょうか。僕が満たされれば、それでいいはずなのに。由美子は僕の嫁です。ふふふ。ふ。
 あ、由美子ってかあさんに似ている。

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