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宇多田ヒカルと紀里谷和明の三部作は、陰から陽、そして中庸にて太極を成した(オススメMV #132)

こんにちは、吉田です。
オススメMVを紹介する連載の132回目です。(連載のマガジンはこちら)

今回は宇多田ヒカルさんと紀里谷和明さんが組んでリリースされた三部作と呼ばれるMVを紹介します。
超有名なMVですし今更感もありますが、オススメMVを紹介する本連載としては外すことができない名作であり、私としても思い入れのある作品のため、敢えて紹介させていただく次第です。

宇多田ヒカルさんは(紹介するまでもありませんが)1998年に15歳で鮮烈なデビューを飾り、1stアルバムがいきなり700万枚を超える大ヒットとなった日本を代表するシンガーソングライターです。
一時活動休止されたものの今も精力的に活動されており、日本では8枚ものアルバムをリリースされていますが、そのうち4枚がチャート1位を獲得するなど押しも押されぬ大スターとなります。
私も多くの方と同様、デビューシングルである「Automatic」で宇多田ヒカルさんを知ったのですが、その素晴らしい楽曲に驚きつつ、藤圭子さんの娘さんという事実を知ったときの驚きのほうがすごかった記憶があります。

紀里谷和明さんは、MVの監督もされれば映画監督もされており、カメラマンでもあるという多才な方です。
そして、紀里谷和明さんとの出会いは、まさしく今回紹介する私に衝撃を与えた三部作となる名作MVとなります。

では、さっそくその三部作の一作目を紹介しましょう。
宇多田ヒカルさんの「FINAL DISTANCE」です。どうぞ。

この耽美とも言える映像は、照度が極めて低く印象付けが弱いにもかかわらず、脳裏だけでなく心の奥底に浸透してくるようです。
そして、同様に穏やかでありながらも心を揺さぶる楽曲と混然一体となり、表現できない感情を生じさせる、名作であり傑作MVと言えます。

この「FINAL DISTANCE」は、2001年リリースの2ndアルバム「Distance」に収録されている楽曲「DISTANCE」にアレンジを加えて、同年に8thシングルとしてリリースされた楽曲です。
オリジナルの「DISTANCE」は明るい曲調ですが、一転「FINAL DISTANCE」では暗めのバラードにアレンジされており、聴き比べると断然「FINAL DISTANCE」のほうが味わいがあると思っています。
宇多田ヒカルさんは自身の楽曲のアレンジも多数手がけられていますが、そのきっかけとなったのが「FINAL DISTANCE」で、その意味でも重要な位置づけの楽曲と言えます。

さて、「FINAL DISTANCE」のMVに目を向けると、まず印象的なのが登場する異形の方々と、その方々を取り巻く耽美な背景です。
フリークショー、日本では「見世物小屋」と呼ばれる異形の方々を観覧する施設のようにも見えますが、小屋というより邸宅という造りのため、富豪が自身の豪邸の中に異形の方々を住まわせているかのような不思議な空間が構築されています。
異形の方々、欧米では「フリークス(Freaks)」と呼ばれる方々が登場しますが、それは我々の中にある様々な個性をデフォルメして表現しているかのようでもあり、特にその個性の中でもマイノリティな個性について排除するものではなくその個性を含めてそれぞれの個人であると主張しているように思えてなりません。

話がだいぶそれますが、私がフリークスの存在を知ったのは今から45年ぐらい前に「COOL GUY(クールガイ)」という成人向け雑誌に連載されていた特集記事においてです。
この雑誌は今から思うとメチャクチャな内容で、女性の裸のカラー写真がメインであるものの、様々な美術などの芸術や各地の文化について毎号特集記事が連載されており、それを(も)目当てに毎月買っていました。
このフリークスについてもそうですが、私が好きなエゴンシーレやクリムトとの出会いもこの雑誌がきっかけであり、北米よりも歴史の古い欧州の芸術や文化についての記事が多く、南米やアフリカの特殊な民族の紹介などもあり多岐にわたる内容でした。
当時はインターネットもなく、クリムトなどのメジャーな情報は一般書籍にもありましたが、エゴンシーレの私生活に切り込んだ内容や、ましてやフリークスの生々しい情報など入手することは困難で、この「COOL GUY」の存在は貴重でした。(なぜ、いわゆるエロ雑誌にこんな貴重な学術情報が記載されていたのか、当時の編集の方に聞いてみたいところではあります)
今から45年ぐらい前の話になり、フリークスについて一般的に公知となるのは デヴィッド・リンチ監督の映画「エレファント・マン」ですが、日本公開は1981年なのでCOOL GUYでの特集の2年後になります。

話を「FINAL DISTANCE」のMVに戻しましょう。
「FINAL DISTANCE」のMVで特徴的なのは、なんといっても極限まで照度を下げ、明度も抑えた映像です。
MVは商業的にPV(Promotion Video)の側面も持っているため、ある程度の印象付けが必須ですが、ここまで照度と明度を抑えた映像のみで構成することは類を見ないといえます。
しかし、その低い照度と明度が異形の方々の持てる雰囲気とマッチし、更には楽曲との高い次元での融合を実現しているのです。
つまり、映像の明度や照度などによる一般的な印象付けではなく、出演者や背景、そして楽曲を含めた全体(いわゆる世界観)での印象付けを狙っており、その印象付けのために敢(あ)えて全体の照度と明度を落としているとしか思えませんが、その取り組みが奏功しているのは明白です。
話は尽きないので、次のMVに参りましょう。

続いては、三部作の二作目。
宇多田ヒカルさんの「traveling」です。

カラフルな色使いとコミカルかつ異世界の住人のような出演者という印象的な映像と、アップテンポでノリノリの楽曲とのマッチングがすばらしい、観るだけで元気になるMVですね。

この「traveling」は、上で紹介した「FINAL DISTANCE」に続き同年2001年に9thシングルとしてリリースされた楽曲で、楽曲そのもののポテンシャルの高さに加えその楽曲とマッチしたMVが評判になり、大ヒットとなりました。(2002年の著作権料で第2位。ちなみに1位は「千と千尋の神隠しBGM」)

「traveling」は、MVも素晴らしいのですが、楽曲自体ももちろん素晴らしく、特徴的なのは歌詞です。
「traveling」の歌詞は韻を踏む部分が多く、また「平家物語」の一節を1コーラスと2コーラスそれぞれに使っていることもあり、アップテンポな曲にもかかわらず妙な落ち着き感があるというか、和風なテイストも持っている稀有な楽曲でもあります。(平家物語の引用は、1コーラス目に「春の夜の夢のごとし」が、2コーラス目に「風の前の塵におなじ」が、分けて使われているのですが、この分割して使われているところもスゴイですね)

MVに目を向けると、ポップでカラフルな映像で、観ているだけで楽しく、アップテンポな楽曲とあわせて元気になるMVとなっています。
照度はそれほど高くないのですが、明度は高く、原色を中心に多くの色が使われているところも特徴になっています。
しかし、動きのある映像だけでなく、紙芝居のような枠の中で素(す)の宇多田ヒカルさんが歌ったりモーションピクチャの映像が差し込まれるなど、動の中に静の映像を加えることで、ただ単ににぎやかな映像としていないところも技ありのMVとなっています。
内容としては、宇多田ヒカルさんが車掌もしくはガイドさんのような役回りで登場し、異世界の住人とも思える様々な乗客をアテンドしていく様は、映画「ブレードランナー」でたくさんの人形を従えるJ・F・セバスチャンのようでもあり、なぜか懐かしさを覚えます。
また、列車が空を駆け抜け宇宙に向かって飛び立つ様(さま)は、明らかに「銀河鉄道999」をオマージュしており、それは列車内の計器類が松本零士さんの描くいわゆる「零士メーター」となっていることからも伺えます。
なお、個人的には宇多田ヒカルさんが部屋の中で乗客と卓球をしたり走ったりする絵は、私の好きなニュー・オーダーの「True Faith」のMVっぽいとも思え、不思議なつながりを感じます。(「True Faith」のMVは過去回で解説しているので、ご興味ある方はコチラをどうぞ⇒「くせになる楽曲のニューオーダー」

さて、ここまで三部作のうち2つのMVをご覧いただきましたが、見比べていただいて何か気付かれることはないでしょうか?
それは、2つのMVが暗と明、静と動と対極を成しており、易学や陰陽思想で言うと「FINAL DISTANCE」が「陰」、そして「traveling」が「陽」となっているのです。
これは、どちらが良い/悪いということではなく、楽曲にあわせて明確にテイストを変えて造られており、その結果それぞれが双璧をなす名作MVとして仕上がっています。

しかし、陰と陽の両方のテイストを併せ持つMVがあるのです。
それが、三部作の最後に紹介するオススメMV。
宇多田ヒカルさんの「SAKURAドロップス」です。どうぞ!

このMVは何でしょうか?
言葉にならない程の感動の波が押し寄せ、その波が魂の濁を洗い流してくれるかのような類稀(たぐいまれ)なるMVです。
単なるMVではなく、言霊(ことだま)であり神道でいう祝詞(のりと)のような力(ちから)もあると思うのは私だけでしょうか。

「SAKURAドロップス」は、2002年5月に11thシングルとしてリリースされた楽曲で、上の2曲(FINAL DISTANCE、traveling)とあわせて同年2002年6月にリリースされた3rdアルバム「DEEP RIVER」に収録されています。

楽曲ももちろん素晴らしいのですが、何よりMVの映像がその素晴らしい楽曲を活かしつつ、MVという範疇を超える異次元の作品として昇華しており、邦楽MVの中では殿堂入り確実の名作MVとなっています。
上の2つのMVがそれぞれ陰と陽とすれば、この「SAKURAドロップス」はその中間というのではなく、場面ごとに陰と陽を使い分けて両方の良さを最大限に生かした中庸(ちゅうよう)のMVとして完成されており、まさしく万物の根源であり究極の姿である「太極(たいきょく)」を成したMVと言えます。

また、MVを観ていると「生命賛歌」をテーマとして掲げていると気づかされます。(歌が始まって10秒も経たずに映像から生命の尊さを感じるのは、奇跡の所業とすら思えます)
すべての動物はもちろん植物にも魂があり、共に生命をはぐくみ太極の一部であることを教えてくれ、その「生命賛歌」の伝道師として宇多田ヒカルさんが存在していると思えてなりません。(歌詞の内容は生命賛歌とチョット違ってはいますが、宇多田ヒカルさんのその歌声は生命の尊さを我々に訴えていることは間違いありません)

なお、有名な伊藤若冲の「樹花鳥獣図屏風」や「動植綵絵」がモチーフとして採用されており、オープニングもそうですが特にエンディングではほぼ原形のままの「樹花鳥獣図屏風」を観ることができます。
ちなみに、8年程前に東京で「若冲展」が開催されましたが、まさしく今、同じく東京で開催中の特別展の中で伊藤若冲の「動植綵絵」の一部が展示されており、観ることができます。
今年6月まで開催しているので、ご興味ある方は生(なま)の「若冲」を体感してみてはいかがでしょうか。

最後に、この内容を書くかどうか迷ったのですが、これを書かずしてこの「SAKURAドロップス」を語れないと判断し、記すことにしました。
宇多田ヒカルさんのほとんどのMVを一度は観ていますが、視聴したMVのなかでダントツに宇多田ヒカルさんが美しく表現されているMVは、間違いなくこの「SAKURAドロップス」と断言できます。
「SAKURAドロップス」の宇多田ヒカルさんはどのシーンでも神々しく輝いており、まさしく女神(西洋のメガミではなく、日本神話における「めがみ」あるいは「姫神:ひめかみ」)と言えるでしょう。
すべてのシーンで神々しくかつ美しい宇多田ヒカルさんですが、特に際立っているのが額から顎までの顔のドアップで登場する場面です。
宇多田ヒカルさんの顔のドアップが画面中央にほぼ静止した状態で映し出され、歌いながらその映像の上に鳥の羽が流れてゆく...このシーンが冒頭約1分から23秒、そして最後の約30秒と大きく2回あります。
このシーンを観て、紀里谷和明さんが宇多田ヒカルさんに恋をされていることが如実に見て取れます。
昔、「監督は主演女優に惚れないといい絵が撮れない」と言っていた邦画の監督がいましたが、まさしくこの「SAKURAドロップス」のMVでの光り輝いている宇多田ヒカルさんは、その宇多田ヒカルさんに恋をしていなければ撮れるはずがありません。
それほど「SAKURAドロップス」での宇多田ヒカルさんは光り輝き、かつそれほど紀里谷和明さんは宇多田ヒカルさんに恋をされていたのでしょう。
今はパートナーを解消されているお二人ですが、この時お二人が愛し合っておられたことは事実であり、その証としてこの稀有な名作MVが残っているのですから。

今回の宇多田ヒカルさんと紀里谷和明さんの三部作からなる名作MVはいかがでしたでしょうか。
中庸にて太極を成した極みとも言える匠の技術に加えて、人の想いが映像に輝きを与えた稀代の名作MV「SAKURAドロップス」は、今こそ多くの方に観ていただければ幸いです。

ではまた次回に。

追記(2024/03/26)
宇多田ヒカルさんのYouTubeチャンネルで、「SAKURAドロップス」と「FINAL DISTANCE」のアップコンバートされた4K動画が公開されました!
元々の動画はPCモニターでは何とか観れるものの、4K液晶テレビの大画面での視聴には少し厳しい画質でした。
しかし、今回公開された動画は4K液晶テレビの大画面でも十分な画質で、ぜひこれを機会に皆さんには再視聴いただければと思います。

「SAKURAドロップス」(4K UPGRADE )

「FINAL DISTANCE」(4K UPGRADE )

2つのMVとも格段に画質が向上しており、その違いは歴然です。
実は待ち望んでいたので、この4K動画をアップロードいただいた関係各位には感謝感謝です。
なお、「traveling」の4K動画も4月4日に公開されるようなので楽しみです。

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