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気持ちがカサついた時、私が向かうのは

週末、穏やかな晴天に恵まれた東京近郊。
跡形もなく消えた雪に未練を感じながら、
私は亡き両親の眠る品川区の寺に向かった。
気持ちがガサガサして落ち着かない時は、
一人で墓参りに行くと決めている。

地元の最寄駅までは夫が送迎してくれた。
その先、懐かしい東急池上線に揺られるのも
楽しみの一つだ。
電車を降りて花を買い、急な坂道を登って
寺の裏の墓苑へ入る。
母の書いた字が刻まれた墓石が待っていた。
随分な労力をかけて母が田舎から移した墓に
夫婦二人、喧嘩せずに収まっているだろうか。

私はずっと両親を嫌いになったことがない。
大切に不自由なく育てられたという自覚も
感謝の気持ちもある。
それでも幼い頃繰り広げられた派手な口喧嘩は記憶から消えることがない。
たぶん子どもが思うほど回数は多くなかった
のだろう。だが、今思えば、体を張って
健気に仲裁していた自分のことが気の毒で、
できることなら側で抱きしめてあげたい。
今も、争い事は苦手だ。
本音は小出しに見せちゃうほうだけれど
それぞれ立場があるからね〜と、つい折れる。
とはいえ、甘えん坊の末っ子気質は、
回り回ってきっと得している。

さて墓参り。
墓石の埃を軽くはらって花を供える。
(作法はよく知らない。躾のなっていない
ところはひとまず勘弁してほしい。)
ひとり言のように報告をして、
ほんの10分くらいぼーっとそこに居る。
それだけで何となく気が済んで、
気分がリセットされるから不思議だ。

帰り道はいつも、まるでご褒美のように
つい駅ビルで買い物をしてしまう。
今回はご飯茶碗を自分用として2つ買った。
迷って両方とも買う、という選択。あり‼︎
この2ヶ月の間に3個も茶碗を割った。
ガサツな私でも続けての粗相はさすがに
珍しい。これは加齢のなせる技?
いや、いちいちそう思うと凹むから、ね。

新しいお茶碗、春めいた発色の良さが
気に入っている。大事にするんだ。


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