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アラサー女子、ソロキャンプデビュー。キャンプ場のコインシャワーが難しすぎる話

ー新緑の候、過保護に育てられたアラサー女子のキャンプの話ー


私は現在適応障害の療養のため、約5か月ほど休職している。

毎日暇だ。とくにやることがない。今やらなければいけないことは掃除と洗濯くらいである。
勤めていた頃は全国あちこち営業に回り、めまぐるしい日々を過ごしていたものだから、急に暇になっても困るのだ。

休職5か月となると、体調は相当安定しており、はたから見れば元気そのものである。家でじっとできない私は、基本的に毎日どこかに出歩いているのだが、この度紆余曲折を経て人生初のソロキャンプなるものに挑戦することになった。

我々夫婦はキャンプが大好きだ。毎年春と秋は決まってキャンプに出掛ける。ここまでは嘘偽りない真実なのだが、我が家はエセ・キャンパーとでも名乗るべきか、キャンプをする上で不可欠である車とテントを持ち合わせていない。夫婦でキャンプに行く際は、必ず私の父や兄の車を借り、バンガローに宿泊する。友人とキャンプに行く際は、友人の車に同乗し、テントを借りるか、同じテントやバンガローで過ごす。
エセ・キャンパーを貫く理由は明確に2つある。
①車は大変な維持費がかかる。都心部在住、電車通勤の我々にとって、日常的に車が必要なシーンはめったにないため、マイカーを所有していない。
②我々はマンション住まいである。ベランダは狭く、もしもテントが雨に濡れた場合、乾燥させることができない。2人が寝泊りできるようなテントは高価であり、しかもメンテナンスを怠るとカビが生えたり防水機能が低下する。我々が暮らすマンションは、テントをしっかり管理するためのスペックが足りていない。
以上の理由から、我が家の身の丈にあったキャンプライフの最適解は、”車とテントを持たないエセ・キャンパー”だ。車とテント以外の道具は大方揃っているのだが、家族や友人のサポートありきでキャンプができているから、もちろん周りの方々へは非常に感謝している。

絶景を臨める「休暇村南淡路シーサイドオートキャンプ場」木漏れ日の下でうたた寝する旦那

このゴールデンウィークは友人の車で淡路島へ行った。南あわじ市にある、新緑と海のコントラストが映える絶景のキャンプ場で友人と宴を楽しんだ。キャンプを主催してくれた友人の両親、友人夫婦、友人妹カップル、別の友人家族、そして我々。今回はいつも以上にメンバーが加わり、大所帯でのキャンプとなった。たいてい我々夫婦用に2名用のテントを貸してくれるのだが、あまりに大人数で友人の手持ちのテントが出払ってしまったため、我々は別の友人からソロキャンプ用のテントを借りて寝泊りすることになった。
1人寝転ぶのがやっとの広さであるソロキャンプ用テントだが、意外や意外、秘密基地のようでとても快適なのである。自分だけのために設営したテント内は、プライベート感あふれる特別空間だ。高3の春に兄が実家を出て、念願の1人部屋を与えられた時の懐かしい感情を彷彿とさせた。私はそのソロキャンプ用テントを非常に気に入ったので、友人の許可を得てしばらく貸してもらうことにした。そして意気揚々と「私、今月ソロキャンプしてくる!」と宣言した。

ソロキャンプに期待を寄せながら借りたテントを運ぶ様子

5月はキャンプのハイシーズンだ。週末はどこのキャンプ場も人で溢れ返っているが、私は休職中だから無敵である。晴れた平日はいつでもキャンプに出かけられる。ただ、エセ・キャンパーであるがゆえに肝心の車がないので、キャンプ場を予約した翌朝、父にラインでお願いの連絡をした。しかし、予想だにしない辛辣な返信がきた。

「車を貸すのは構わないが、一人でのキャンプは危険なので賛成しかねる」

・・・。

私は日にちまで決めてすっかりソロキャンプの気分になっていたので落胆した。アラサー既婚の娘に対して、とんだ過保護ではないか。私は学生時代、バンクーバーと台北に一人旅もしたことがある。母国であり世界的に見ても安全な日本でのソロキャンプは、それらの一人旅と何が違うのだ?あー、頼む相手を誤った。兄に車を借りればよかったなぁ、と思わずにはいられない。

しかしその日の午後、父から電話が入った。「キャンプ場ってのは、どこにあるの?ちゃんとお風呂やトイレはあるの?管理人はいるの?どんな所で寝るの?」父の過保護にはもう慣れている。この手の質問攻めはどんと来い。
私はソロキャンプへの思いを切実に述べた。一人でキャンプがしたい。平日暇だから自然の中で過ごしたい。何より、ソロテントを設営したい!と。

父は気が変わったのか、私の燃えたぎるパッションに根負けしたのか、「旦那の了承を得ているなら行ってきてもいいよ」と言ってくれた。いや、そもそも父の許可をいちいち得なければならないような歳ではないのだが。どうやら父は、私がそのへんの川辺で野営でもするのかと思ったらしい。最近クマ出没のニュースが多いことも不安要素だったようだ。父は少々心配しつつも、精神疾患で休職中の私に対し、行動制限することを後ろめたく感じたのかもしれない。このようにして、私は車とテントの両方の手配が完了し、晴れてソロキャンプデビューを果たすことになる。

車を貸してくれることが決定した暁には、父の過保護に拍車がかかる。「当日どこ行くの?何時に出るの?何時に帰るの?」父は私のソロキャンプについて根掘り葉掘り聞いてくる。車を借りるにはいろいろと乗り越えなければならない障壁があるのだが、これさえクリアすればボーナスがついてくることを私は知っている。

「当日、家で待ってなさい。朝イチで車を届けるから。」

父は平日仕事があるにも関わらず、早朝に私の家に車を届けてくれることになった。これは、いつものことだ。私は決して何もここまでお願いしていない。ただただ父の質疑応答に誠実に対応したまでである。車を借りたい時は、父の住む家まで自分の足で車を取りにいく意思を伝えるのだが、なんだかんだ毎回ガソリン満タン&ETCカード付の無料レンタカーが私の住む家までやってくるのだ。私は父の過保護を完全攻略し、今や酸いも甘いも嚙み分けることができている。(とは言え、私も良い大人なので、ガソリンは当然満タンで返し、ETCカードは自前のものを使用していることをここに加筆しておく。)

念願のソロキャンプ。これが私の城だ!

初めてのソロキャンプはつつがなく進行した。平日は人気がないと思いきや、テントサイトはある程度埋まっていた。さすがにファミリー層は見受けられず、私のようにソロキャンプを楽しんでいる人ばかりだった。
私のテントサイトのそばに2名のソロキャンプ客が手慣れた様子でテントを張り始めた。そのおじさま方は友人同士でソロキャンプをする、いわゆるソロキャンプのデュオだ。カラオケに2名で入店し、2部屋借りてそれぞれヒトカラするのと同じ要領である。おじさま方は時々会話しつつ、基本的には読書をしたり日向ぼっこをしていた。彼らは各々調理して食事をし、各々焚火をし、思い思いの時間を過ごしていた。時折自身の子供の話や仕事の話をしながら、気持ちよさそうにマイナスイオンとニコチンをいっぺんに吸うイケおじ達。私は非喫煙者であるが、その自由で優雅な姿に、憧れの念を抱かずにはいられなかった。

レトルトカレーに、スーパーのカット野菜。外で食べると何でも美味しいのだ。

もちろん私は私でソロキャンプを大いに満喫した。現地ではゆったり過ごしたかったため、自宅でご飯を炊いておき、野菜を浅漬けにしてジップロックに入れておき、昼食はレトルトカレーを持参した。エセ・キャンパーは飯盒など持ち合わせていない。現地調理にこだわらない。チートし放題なのだ。昼はカレーとご飯をカセットコンロで温め、夜は炭を炊いて焼き鳥をした。心地よい気温の中テントでうたた寝したり、焼き鳥の串刺しに夢中になって、あっというまに時間が過ぎた。普段は面倒な料理の支度が、なぜキャンプ場に来るだけでこんなに高揚感を持てるのだろう。ぼんやりと焚火を見つめながら、やはり自然の力は偉大だと感じさせられた。

宿泊したキャンプ場にはコインシャワーがあるのだが、夜は寒いので顔だけ洗って着替えて寝ることにした。
私は1日でもシャンプーを怠ると、前髪に皮脂がべたつくのが気になる。だが今回はソロキャンプなので、私の前髪のべたつきに関心を寄せる人なんて誰一人いないことは言うまでもない。それでもアラサー女子は清潔感が命。どんな状況でも、気になるものは気になるのだ。チェックアウトを済ませて、もう帰るだけなのだが、涼しい川辺でもう少し過ごしたい。でもここで過ごすには、どうしても前髪が気になる。私は悩んだ末、コインシャワーを利用することにした。

至って普通のコインシャワー。

キャンプ場のコインシャワーをご存じだろうか。私は、キャンプ場のコインシャワーが大嫌いだ。春はついこの前まで桜の木に住む毛虫だったであろう生まれたての蛾が、秋はこのまま越冬しそうなほど活力みなぎるゴキブリが、必ずと言っていいほどシャワー室にいるのだ。虫はみんな明るさと水を求めてシャワー室に寄ってたかる。虫がいないキャンプ場のシャワー室はこの世にないと言っても、決して過言ではないだろう。
コインシャワーは相場3分100円だ。コインを入れ、水が出始めると同時にシャワー機がカウントダウンを始める。止水ボタンを押すと、一旦カウントダウンはストップする。水を使用するトータル時間が3分以内であれば100円で済むが、3分以上使用したい場合は追加で100円を入れる必要がある。この3分っていうのが、大変いじわるな時間設定なのだ。絶妙に短い。止水しながら手際よくシャワーをすれば間に合いそうだが、カラスの行水の私にとっても余裕があるとは言い切れない。急いで100円で済ませるか、諦めてゆっくりシャワーして100円を追加するか、いつも悩んでしまうのだ。
それに、コインシャワーは使い勝手が分かりづらい。100円を入れて最初の方は、貯水タンクにたまっている冷たい水が出てくる。慌ててお湯の温度を調節しようとあたふたしていると、あれよあれよとすぐに3分経過してしまう。実際にお湯が出ている時間はものの1分くらいだと思う。
こんなにも落ち着かないコインシャワーが大嫌いだ。でも、(誰も気にしていない)前髪のべたつきと落ち着かないコインシャワーを天秤にかけると、やはり前髪のべたつきの方が気になるのだから仕方ない。コインシャワーを利用するよりほかにない。

シャワー室に入ると、蛾がいた。ほらね、と心の中でつぶやく。虫がいないシャワー室が存在しないことくらい、エセ・キャンパーの私でも知っているので何とも思わない。私は蛾と同じ空間で服を脱ぐ。シャンプーと200円を持ってシャワー室に入る。シャワー機に100円を入れる。シャンプーと残りの100円をシャワー機のくぼみに置きながら、この100円はできれば使わずに済ませたいと願う。案の定、冷水が出始める。ここまでは想定内だ。この後お湯加減をいかに短時間で調整できるかが、100円の差に影響を及ぼす。水であろうとお湯であろうと、カウントダウンは止まらない。ひとたびカウントダウンが始まると、冷水であっても無駄にするまいと、震えながら冷水で頭を濡らす。震えながらシャンプーを泡立てる。震えながらシャンプーを流す。

あれ。どうした。なぜお湯に切り替わらないのだ。震えるからシャンプーがうまく流せない。後頭部に泡が残ったまま3分が経過し、極寒の状況で水が止まった。裸に冷水、後頭部に泡。震えながら困り果てた。

私は2点において腹立たしい気持ちになった。
①泡が残っているのは後頭部だけなのに、タイムアウトしたことが非常に惜しい。
②100円を払ったのに冷水しか使用できていない。これならキャンプサイトの水道と何も変わらないじゃないか。

寒さを我慢しながら原因究明に努めた。このまま追加の100円を入れても、また冷水が3分出てくる地獄の未来しか想像できなかったからだ。私はシャワー室の周囲をくまなく確認した。そして、シャワーカーテンの向こう側にリンナイの小さな端末を発見した。そのモニターは、当たり前の顔つきで真っ暗になっている。これか!このガス湯沸かし器のスイッチをオンにしないとお湯が出ないのだ。

シャワーカーテン裏に悪びれる様子もなく佇む、湯沸かし器の端末。

”え。聞いてないわ。教えてや・・・。”

しかし、今私はなにせ裸に冷水、後頭部に泡という状況だ。誰にもこの声は聞こえていないし、とにかく寒い。速やかに湯沸かし器の端末の電源をオンにして、100円を追加で入れ、待ち望んでいた温かいシャワーで全身をすっきりさせた。あれだけ安心させてくれるお湯は、充分に100円、いや200円の価値があった。

タオルで体を拭きながらいろいろなことを考えた。湯沸かし器のスイッチを入れるのは、キャンプ場側の業務だ。または「使用前にオンになっていることを確認してください」とでも書いておくべきだろう。こんなの、短気なヤツなら一発クレームを入れてもおかしくない。
私は3分の冷水に100円払ったのだ。あるいは3分の温水に200円払ったとも言える。幼少期ドッジボールをしたとき、誤って顔面にボールを当てたら「顔面セーフ」という例外ルールが適用された。今回もキャンプ場側の都合で3分間も冷水を浴びさせられたんだから、「冷水セーフ」として100円返してもらう権利を主張できるはずだ。
でも、私はそこまで100円に困っていない。もしこれが千円とかなら、はっきりと権利主張させていただくだろうが、たかが100円でやいのやいのキャンプ場スタッフに説明するのはなんだか恥ずかしい。私はケチなやつが嫌いだ。そして、自分もケチな人間になりたくないと常々思っている。

だから私はキャンプ場のコインシャワーが大嫌いなのだ。それでもキャンプは大好きなのだ。今後もこの手のコインシャワーに幾度となく出会うだろう。その度に私は、
前髪のべたつき VS 使い勝手の悪いコインシャワー(+蛾かゴキブリどちらかはその時のお楽しみ)
という苦渋の決断を強いられるのだろう。

そして前髪がサラサラになった私は、悶々と川辺でノートパソコンを開き、小川のせせらぎ音とホーホケキョをBGMにしながら、このエッセイを綴るのであった。

これぞまさに絶景オフィス。シャワーから上がったばかりで、筆が進む進む。

エッセイの執筆に集中しすぎたからか、帰りの運転は眠気と戦っていた。無事に自宅に到着し、さっさと荷物を家に片付けたいところだが、いかんせん眠くて荷物を運ぶ気になれない。家のそばに駐車し、そのまま運転席で仮眠をとった。

目が覚めて父に帰宅した旨を伝えるためにスマホを取り出し、ラインを起動させると、父はすでに私の最寄り駅に到着していた。繰り返すが、私は何もここまで頼んでいない。なのに、車を取りに来てくれていたのだ。
時刻はちょうど18時頃。そろそろ旦那の帰宅時間でもあったので、3人で外食をすることになった。我々のお気に入りで父も大好きな近所の豚カツ店で集合し、ヒレカツとクリームコロッケの定食を食べた。いつだって揚げ物は裏切らない。キャンプ場でなくとも、ご飯はやはり美味しかった。
店を出る際、この支払いは当然私がするべきだと思い、我先にとPaypayのQRコード読み取り画面を開いたが、父はすでにQRコードをスキャンし終えていた。負けた。

私は、可愛い可愛い娘である。

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