いしかわゆきの 「書く習慣」を読んだ。 書くことがすきだ。 幼い頃、「書きたい」という欲のために 字だって独学で書けるようになった。 (その欲求は、家族への手紙に費やされた) 過去に家族へ宛てた手紙を見せてもらうと 文章はめちゃくちゃだし、内容に関しても 恥ずかしくなるぐらいひどいけど 私らしくて、すきだな、と思う。 Instagram、note、X。 便利なツールが沢山出てきて、いつでもどこでも思いを発信出来るようになった。 こういう風に見られないと。 こんな風に
音楽を聴いているとき 香りを嗅いだとき 「あ、これ、私すきだったな」 思い出す瞬間がある。 大切な宝物を見つけ出したような とてつもない幸福感。 あれだけすきだったのに なぜ忘れてしまっていたんだろう。 子どものころは すきなものは、すき。 いやなものは、いや。 素直に言えていたのに 年齢を重ねていくと なんだか、本心を 言ってはいけないような 波にのまれてしまって 心では思っていないことも 同調することが クセになっていく。 嘘をついてしまったような モヤ
時間を使うのは 【心から望むこと】に。 やることは出来るだけ 【シンプル】に。 という、myルールについて。 人間、誰しも、皆平等に 与えられているもの。 それは、時間だ。 1日=24時間。 生きている限り 私たちは、毎日 86400秒のプレゼントを 与え続けられている。 私は、時間管理が好きだ。 1日のTodoリストと 24時間の行動計画を立て コツコツこなすことに 快感を感じる一方で やらなかったときには 罪悪感に苛まれる。 楽しみながら始めたことが