見出し画像

イギリス北部、バーンリーのコミュニティを救った実業家を描いた「実話」に基づいた素敵なフィクション入りのドラマは、シンプルだけどフィールグッドで感動もあり。


こういう映画がもっと日本で評価されないかなあ、と思う。Netflix ドラマ『バンク・オブ・デイヴ』は、2008年の金融危機をきっかけにコミュニティバンクを設立した、バーンリーの実業家、デイヴ・フィッシュウィックの物語。「実話」に基づいている(と、ドラマではそのように言っている)が、ドラマ化するにあたり、かなりのフィクションが混ぜられている。とは言え、ハッピーエンドでとてもフィールグッドな作品であることは間違いない。

バーンリー(Burnley、イングランド、ランカシャーの小さな都市)に住むデイヴ・フィッシュウィック(ローリー・キニア)は、地元では有名な実業家。ミニバス運営・販売のビジネスを展開し、労働者階級出身ありながら、自力で富裕層となった人物。2008年、金融危機が世界経済を襲った際、例にもれずバーンリーも大打撃を受けた。デイヴは、顧客や地元の企業など、銀行から融資を断られた小さなビジネスオーナーに自分のお金(総額100万ポンド以上)を貸し始め、さまざな地元のビジネスを救った。救済を受けたのはビジネスだけではなく家庭や個人もあったが、デイヴの融資は1ペニー残らず、すべて返済された。これらの経験をもとに、デイヴは、顧客より、利益を再投資することを依頼されるようになる。デイヴは『バンク・オブ・デイヴ(=デイヴ銀行)』の設立を考えるが、そのためには認可が必要だった。

ビットコインのような非中央集権的な暗号通貨の発足や、Monzoのような銀行新興企業が伝統的な銀行業務のあり方を伴わずとも運営出来ている現在からすると、銀行を設立するというのは、そこまで突拍子なアイデアではないかもしれない。しかし10年以上も前、デイヴがぶち当たった問題は、英国の金融委員会が150年以上も新しい銀行を認可していなかったことだった。

とまあ、ここからがドラマとなるわけだが、まず、デイヴはロンドンの弁護士、ヒュー・ストックウェル(ジョエル・フライ)を雇う。彼の計画は、長い間確立されてきた銀行の枠組みに対抗する新しいモデルを実現し、地元の人々からの預金を、地域社会に投資・還元するというものだ。そのためには、財務委員会がデイヴ銀行の認定をする必要がある。ヒューは当初、その馬鹿げた発想とバーンリーという田舎町(彼らの訛りすら理解できない)を半ば失笑していたが、デイヴのオープンかつウェルカミングな性格と、純粋に地域社会の生活の質を向上させたいと願う慈善家気質に傾倒。さらに、貧しくとも明るく助け合い、前向きに生きていこうとするバーンリーの人々のコミュニティ精神や、今までロンドンでは感じたことのなかった温かさに触れ、このプロジェクトを何とか成功させたいと考えるようになる。しかし実は、ヒューを、バーンリーに執着させるもう一つの理由がある。それは、デイヴの姪でNHS(国民医療サービス)の医師アレクサンドラ(フィービー・ダイヴナー)の存在だ。アレクサンドラは、病院や開業医の負担を軽減し、NHSから資金援助を受けてウォークイン・クリニックを開設、長引く往診待ち時間を解決しようと模索している。というわけで、このドラマでは、デイヴの成功物語と並行して、ヒューのロマンスも描かれているのだが、それはそれでストーリーに人間味が加わり、全体的な雰囲気を和らげている。デイヴとヒューは、二人三脚で委員会の説得にあたるが、スノビーな銀行の専門家であるチャールズ・デンビー卿(ヒュー・ボネヴィルが静かな毒を込めて演じている)が彼らの邪魔をする。「外国の金持ち企業が我々のビジネスに参入しようとすることはあり得るし、我々はあのバカどもをどう扱うか知っている。しかし、ひとたび”一般市民”が自分たちも参入できると考え始めたら、門戸は開かれることになる」。紆余曲折ありながらも、二人は委員会の認定までこぎつけようと、会議に赴くが、意外にも委員会の答えはあっさりとイエス。しかし、その条件として£12ミリオン(約217億円)をデポジットとして用意することだった。

ヒューはチャールズ卿に相談しに行くが、逆に牽制の憂き目に遭う。

どう逆立ちしても無理な金額を提示され、悲嘆にくれるデイヴ。家や会社などのアセットを担保に入れ、親戚・友人などから搔き集めても到底達成できる数字ではない。ほぼ諦めかけていたデイヴにヒューはとある提案をする。以前地元の友人として、デイヴに紹介してもらっていた人物リックがデフ・レパードと長年の知り合いだということを利用して、デフ・レパードに地元バーンリー・フットボール・スタジアムにてファンドレイジング・コンサートをしてもらうというものだった。デフ・レパードはこの企画に賛成し、コンサートは実地されるが、£12ミリオンにもう一歩というところで届かず、デイヴがオーディエンスに挨拶しようとステージに立つ直前に妻二コラから目標を達成したとの連絡が入る。デイヴは歓喜の中バンドとデュエット、すべてのチャレンジは成功したのだった。


バーンリーのスタジアム控室で収益金を数える妻の二コラ(ジョー・ハートリー)とデイヴ。
この時点ではまだ目標金額は達成していない。


目標額を達成したデイヴがジョー・エリオットとデュエットするシーンは、まあ、音楽的にはひどいけど、ドラマ的には感動の瞬間だったのは否めない。

ここで、音楽ファンはデフ・レパード???と思うかもしれない。そもそもシェフィールド出身のデフ・レパードがバンク・オブ・デイブ設立の資金集めのためにコンサートを行ったという事実はない。これは、デイヴ(本人)がデフ・レパードの熱狂的ファンだったため、制作側が脚本に入れたのであるが、結果、このような壮大な瞬間を盛り込むことで、イギリスのフィール・グッド・ミュージック映画のような効果をもたらしている。フロントマンのジョー・エリオットは2023年1月に『プラネット・ロック』で次のように語っている。「バンドはこの映画へのカメオ出演を撮影するためだけにアメリカから飛んだ。 『バンク・オブ・デイヴ』は、新しい『フル・モンティ』、新しい『アモングスト・ジャイアンツ』、新しい『ブラス!!』のようなものだ。彼らがやったことは、僕らをストーリーの中に書き込んだようなもので、映画の中での僕らのパートは実際には起こらなかったから、ストーリーを多少盛り上げたのは明らかだ。この映画では3曲を披露することができた。何曲使われるか、カットされるかはわからないけど、十分な曲数を披露できるように、余分に収録した。(この企画に関して)僕たちは皆、本当に素敵なことだと思った」。


地元の古い友人リックがデフ・レパードと30年来の知り合いとのことで、コンサートが実現する。


また、他のフィクション・パートを続けて挙げるとすれば、まず、弁護士のヒューは存在していない。しかし、これをデイヴだけの物語にせず、ヒューがバーンリーのコミュニティーに溶け込んでいき、アレクサンドラと恋に落ちるストーリーを並行させることにより、互いに助け合う精神とお金では買えない幸せが描かれている。実は最後の最後で目標額を達成できたのは、ヒューが自身のプリムローズ・ヒルのフラットを売却、現金を用意したからだった。つまり彼はアレクサンドラの為に北へ移る決心をしたのだ。さらにデイヴの銀行設立を妨害したチャールズ卿だが、彼も実在していない。デイヴが金融の専門家から反発を受け、警告されたのは事実だが、バンク・オブ・デイブの立ち上げ計画を妨害する悪巧みはなかったという。


アレクサンドラとヒューのもどかしい関係も見所のひとつ。


ヒュー・ボネヴィル、最近悪役多いな。『I Came By』では怖すぎだったけど。


『バンク・オブ・デイヴ』は、が公開されたのは2023年の1月。この作品は、地元企業家が地域社会を救うために大金融界の大物たちに立ち向かうという、デイヴが直面した真の戦いを描く同時に、コロナ後、英国EU離脱後、ウクライナ戦争勃発後に公開されたことにより、現在でも続く、生活費危機、NHSの苦境などイギリスの抱える問題を再認識する役割をも果たしていると言える。

デイヴを演じたローリー・キニアは、デイヴ・フィッシュウィックに関してガーディアン紙にこう語っている。「彼は、粘り強い精神と目的意識があり、怒りと善意が同時に充満しているところがありました。貪欲な銀行に対する怒りと仲間であるバーンリーの人々に対する敬意。彼らは有望で勤勉だったにもかかわらず、何度も置いてきぼりをくらい、デイヴの父親は、家族を養うために2つの仕事を掛け持ちしていた。一生懸命働いているにも関わらず、その仕事の恩恵が地域社会に還元されないとき、公平に扱われないとき、誰も自分のことなど気にかけてくれないとき、それが地域社会を縛るのです」。

2011年、デイヴ・フィッシュウィックは、バーンリー・セービング・アンド・ローンズ・リミテッド(BSAL)という融資会社を設立。BSALは2017年に銀行となり、バーンリーを含むランカシャーの人々に融資を提供し続けている。英国の銀行では珍しく、利益は地元の慈善団体に寄付されている。


デイヴ・フィッシュウィック氏(本人)と彼の銀行。


(終わり)





























この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?