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2020年コロナ禍のイギリスのケアホームを描いたドラマ『Help』は、規制が解けて、日常を取り戻しつつある今だからこそ、絶対に観るべきドラマだ。

観らな、観らなと思いながらも、なかなか再生ボタンを押すことができなかった。タイムリーな内容もさることながら、主演がジョディ・カマー&スティーヴン・グレアムという、英ドラマ界きっての文句ナシなコンビネーションだったので、絶対に満足することは十分に承知しながらも......。で、重い腰を上げ、放送から1週間たって観始めたのだが、、、、辛くなって途中脱落。でもどうしても結末が知りたくて、また再生ボタンを押すが、怒りと涙で画面が見れなくなり、またもや棄権。結局2時間のドラマを3回に分けて、1週間かけてやっと観終えたのだった。

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9月16日に、英チャンネル4で放送された『Help』(脚本:ジャック・ソーン、『エノーラ・ホームズの事件簿』)は、2020年コロナ・パンデミック初期のリバプールの架空のケアホームを舞台とした社会派TVドラマで、フィクションでありながらもそのリアリティを追求する出演者の演技力の高さと、危機に陥った人々の心理描写を巧妙に描いた脚本で、英メディアからは高い評価を得た。

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20歳のサラ(ジョディ・カマー)は、ケアワーカーの資格をとったばかり。2019年暮れ、地元のケアホーム「ブライト・スカイ・ホーム」に採用される。6週間の試用雇用だったが、サラは明るく、おしゃべり上手で、仕事仲間や環境にもすぐに溶け込んでいった。学校の成績が良かったわけでもなく、それまで特に何かを成し遂げたことがあったわけではなかったが、入居者のお世話を敬意をもって優しくこなし、この仕事は彼女にとって天職だった。

入居者は殆どが認知症を伴う老人であったが、サラは、早期発症型アルツハイマー病と診断された47歳のトニー(スティーヴン・グレアム)と、トランプをしたり、学生時代どれだけワルだったかを競い合ったり(笑)していくうちに、友人関係を築いていく。

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トニーは、トランプのゲームをサラに教える。


そして、2020年、COVID-19がイギリスを襲った。

《ネタバレあります》

3月5日、サラは通勤途中の車のラジオから流れるニュースで、イギリスで初めてCOVID-19による死者が出たことを知る。70代の女性、基礎疾患があったという。

館長のスティーブは、地元の病院からの依頼を受けて、「ベッドを占有しているだけ」の患者をブライト・スカイ・ホームで受け入れることにする。サラは館長のスティーブに「何人来るの?(外部から患者を入れるのは)安全なの?」と訊く。スティーブは「8人だ。病院は感染者のためにベッドを空けないといけない。我々が出来ることには、手を貸すのが当然だろう?」と答える。

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病院から転送されてきた患者を受け入れるブライト・スカイ・ホームのスタッフ達。応対にあたったサラは、救急隊員に「何故マスクをしていないんだ?」と訊かれる。「必要ないと言われた」とサラは答えるが当惑する。スティーブは患者は陰性なんだろうね、と念をおすが、救急隊員は搬送するのが仕事なので、と答える。


館長のスティーブは、コロナ対策として、入居者を他の居住者たちと接触させないように、自室で食事を摂らせ、共同スペースをクローズし、また訪問者が入居者に直接会うことを禁止したりなど、政府のガイダンスを待たずに早めにプロトコルを取り入れた。また、もはや薬局なとでは手に入らなくなっていたマスクや手袋を、建設現場で働く友人から、調達し、PPEの確保にも努めた。


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訪問者は窓越しにしか面会できない。


スタッフは、手洗い、殺菌を努め、出来るだけ接触を減らす努力をし、最善を尽くしたが、ある日、入居者の一人が激しく咳き込みだす。コロナの症状だ。翌日、白の全身防護服を着た救急隊員が現れ、感染者を連れて行った。その様子を見た、スタッフの一人、トリは、救急隊員に叫ぶ。「その防護服、私たちにも渡しなさいよ!」。未だケアホームには政府からのPPEが支給されていない。

瞬く間に、ブライト・スカイ・ホームにコロナは蔓延してしまった。

そして、高齢の入居者を襲い、スタッフは自己隔離を強いられ、館長のスティーブも感染してしまった。

ある夜、スタッフ不足の中、サラは、一人で夜のシフトを担うことになる。

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サラは、入居者のケニーが酷く咳き込んでいるのに気付く。黒のゴミ袋をエプロン代わりにし、粉塵マスクを口にあて、様子を見に行く。熱もある。すぐにGP(地元の医者)に連絡を入れるが応答がない。コロナの特設番号111を回すも録音音声が流れるのみ。緊急の999は電話に応えたものの、救急車の手配ができないという。パニックになるサラ。ケニーの咳は止まらず、苦しそうだ。とにかく助けが必要な彼女は、固定電話と携帯の両方から何度も電話をかけ続けるが、なしのつぶて。呼吸を楽にするために、咳き込むケニーをうつ伏せにしようとするが、身体が大きく一人ではできない。サラは、許される行為ではないと知りつつ、夜中にトニーを起こし、手伝ってもらうように頼む。寝ぼけながらも手を貸すトニー(「なんでうつ伏せにするんだ?」とトニー。「"proning"というの。手引書で読んだの」とサラ)。二人はなんとかケニーをうつ伏せにし、息をしやすくする。


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999の救急スタッフは、ケニーの状況を把握しており、最優先にするとは言うものの、救急車が足りておらず、すぐに手配できないとサラに伝える。

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夜中にトニーを起こしてマスクを着けさせる。

ケニーをうつ伏せにした後、サラはトニーに使い捨て手袋の外し方や手の洗い方を細かく指導、シャワーを浴びさせ、着ていた服をビニール袋に入れる。「今夜はありがとう」とサラはトニーに言う。「僕は何もやってないけど、もし役に立っていたとしたら、嬉しいね」と、何が起こっているのか、完全に理解しているわけではないが、トニーは答える。「大抵の時は大丈夫なんだ。でも、僕はたまにどこにいるのかさえ分からなくなる時があるから」。サラは涙をこらえて言う。「あなたは私のヒーローよ」。

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「ケニーは大丈夫だよね」と訊くトニーに「大丈夫だと思う」と答えたものの、自分の力不足に怒りを覚えるサラ。出来ることはすべてやったが悔しくて涙が止まらない。そして、ポケットの中の携帯は、111の録音音声が未だむなしく鳴り続いている。

翌朝20時間のシフトを終えて、サラは自宅に戻る。しかし、引き継いだトリから、その5分後にケニーが息を引き取ったという知らせを受ける。

ブライト・スカイ・ホームには、居住者が20人いた。8人が病院から転送されてきて、9人が死亡した。そして現在14人が感染している。

サラはトニーにお茶を配るため、部屋へ入ったところ、トニーがベッドに座り、朦朧としているのに気付く。異変に気付いたサラは、彼に話しかけるが応答はなく、口からは唾液がだらだらと流れている。実はトニーには、脱出癖があり、前夜再び脱出を試みたのだ。そこで、館長のスティーブは、そのような行為を抑え込もうと薬を与えたのだった。怒る狂うサラ。すぐにスティーブの所へ行き、「薬漬けにするのではなく、監督するのが私たちの仕事でしょう!?」と糾弾する。「今このような状況の中で、脱出の危険はごめんだ。ちゃんと処方箋を書いてもらっている。第一どうしてそんなにトニーのことを気に掛ける!?」と言うスティーブ。「だって彼は本当によい人だからよ!それってファッ〇ン稀なことでしょ!?」と言い、「こんな状態になったのはあなたの責任じゃないのは理解している。でも、このような対応をとるってことは、あなたもその辺の悪い奴らと同様よ!」。

スティーブはサラに頭を冷やすよう、休みを与える。

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まるで死人のようになってしまったトニー。逃げ出さないように薬を与えられたためだ。

サラは、このまま放っては置けないと考え、トニーをケアホームから連れ出す。二人は、ホリデーパークのキャラバンで生活することにする。14日間の自主隔離を経れば、トニーは他のホームへ移れると考えたのだ。しかし、その頃、サラは誘拐犯として地元新聞を飾っていた。10日が過ぎた後、通行人の通報により、警察が現れる。サラは警察に「あと4日なの!4日隔離すれば、トニーはどこか違うところに行ける」。しかし警察は「それは我々の管轄ではない」とサラを連行し、トニーはブライト・スカイ・ホームへ連れ戻されるのだった。

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今このタイミングで、このドラマが放映されるということの意味を考える。内容のすべては当時連日ニュースで伝えられていた通りだし、NHSを救うがために、ケアホームが地獄に陥ってしまった事も周知の事実だ。しかし、まだパンデミックは終結していないにも関わらず、ほぼ日常に戻ったイギリス。一体どのくらいの人が、NHSやケアホームの現在の様子はどうなのかを少しでも考えたことがあるだろうか。ここで語られているのは、忘れることはないが、思い出すことも少なくなったこれらの事実に関して、人々への重要なリマインダーだ。

しかし、このドラマ全体で語られているのは、コロナ禍のケアホーム内の壮絶な戦いだけではない。ベストを尽くそうと最善の努力をしているにもかかわらず、後回しにされた彼ら、ケアホームの苦悩と憤り。そして現政権に対する怒りが最後にアジット・プロップ/プロパガンダの形でメッセージ化されており、それは貧困層の抱える問題をもっと高い次元で議論するべきだということを提示しているのだ。

サラとトニーが、学校での悪さ自慢を告白しあうシーンは(トニーはサラに君の勝ちだ、と笑いながら自らの負けを認める)、いずれも家庭環境に問題があったという事が根底にあったことを示す。学校でも社会でも認められたことのなかった二人が、お互いに心を開き、サポートするフットボール・チームがライバル同士であるにも関わらず(サラはエヴァトンでトニーはリバプールFCのファン、これは現実にもそうらしい)、エヴァトン・ファンのサラを「ブルーノーズ」と揶揄しながらも、信頼関係を深めていく。ここに描かれたヒューマニティは本当に美しい。そして二人が引き離された時、お互いの名前を叫ぶ時、視聴者はその情愛の深さを改めて知らされるのである。

また、館長のスティーブの言動や振る舞いにも注目したい。スティーブは、有能で献身的な上司であり、自身の母親もここでお世話をした、ということもあり、ブライト・スカイ・ホームには誇りを持っていた。ブライト・スカイ・ホームはハッピーな場所であるはずだった。

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スティーブを演じたイアン・ハート(『ハリーポッター』)の演技も素晴らしい。イライラとジレンマ、落胆と哀しみ。責任者として取るべき行動は?サラは一度スティーブに訊く。「こんなことになるって思ってた?」「私はすべてののアドバイスに従った。いやそれ以上のことをした。でも誰も何も教えてくれなかった」。困難な状況の中で、居住者を守るために様々な決断を下さなければならなかった心の葛藤が手に取るように分かるのが心苦しい。結局はトニーに薬を与えておとなしくさせることを選んだのも、苦渋の決断だったのだろう。スティーブを通して、実際には良い人が、悪い状況に追い込まれて、悪い決断を下してしまうという、哀しい人間のサガを巧妙に描いている。


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最後は、サラの「いつの日から、命の重さが人によって変わるようになってしまったのだろう?」というセリフでドラマは幕を閉じ、その後、統計が示される。

2020年、3月半ば~6月半ばまでのCOVID-19による死者は、48,213人。その40%がケアホーム・レジデンツだった。その間、英国政府は必要最低限とされるPPEの80%をNHS Trustsに配給したが、ケアホーム・セクターには需要の10%の支給にとどまった。

ケアホームで働くスタッフの平均時給は£8.50である。


このメッセージの意味は重い。


『Help』のプレビューはこちら。 

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余談:ドラマの冒頭で、脱出したトニーを連れ戻すために、サラが「(トニーの母の)スカウスのレシピを教えて」と話しかけるシーンがあるが、スカウスはリバプールの地元料理で肉(通常はビーフまたはラム)とジャガイモの煮込み料理のこと。実際、カマ―の母親がHelpの撮影中にこのスカウスを差し入れたそうだ。



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