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シンポジウム「クライシス・コミュニケーションの今―日独の視座」 参加メモ

ベルリン日独センター及び国際交流基金が共催で開催した表題のシンポジウムに聴衆として参加しました。PRに携わる人間として非常に興味深く聞き入りましたので、後半のパネルディスカッションについて参加メモを公開します。なお、動画がベルリン日独センターのYoutubeにて公開されています。

パネルディスカッション参加者(敬称略)

モデレーター:ヤーコブ・ジンマンク(Dr. med. Jakob SIMMANK、ツァイト・オンライン、科学ジャーナリスト)ベルリン

パネリスト:

関谷直也(Prof.、東京大学大学院情報学環総合防災情報研究センター准教授)東京
アニカ・シャッハ(Prof. Dr. Annika SCHACH、ハノーファー応用科学&芸術大学メディア・情報・デザイン学部情報コミュニケーション学科教授)ハノーファー
コンスタンツェ・ロスマン(Prof. Dr. Constanze ROSSMANN、エアフルト大学コミュニケーション学教授(専門:ソーシャルコミュニケーション)および実証研究室副室長)エアフルト
塩崎彰久(長島・大野・常松法律事務所パートナー)東京

(筆者注)以下はパネルディスカッションのポイントをまとめたメモであり、各スピーカー(敬称略)の発言を全てカバーしたものではありません。また、発言順ではなく、トピックスで再構成しています。
本メモに誤りがありましたら、責は全て筆者にあります。

1.オープニングステートメント

(関谷)
COVID-19をめぐるコミュニケーションにおいて、日本におけるポイントは①信頼感の醸成、②流言/差別対応、③事前準備。
・②について、感染症対策は1人1人の行動がKeyということでコミュニケーションの役割は大きかった。日本は特に人々が感染症に対して不安を感じたことで行動変容が起き、結果的に感染症予防に適切な行動を取ることにつながったという側面がある。
・③について、コミュニケーションが成功するためには政府は事前準備が必要。今回は事前準備は遅れたと言える。
・(日本は三密といったコミュニケーションは早かったが、それが感染を抑えることに寄与したかというモデレーターからの質問に対し)三密のメッセージは早かったが、欧米に比べるとそもそも絶対的な感染者数が少ないこともあり、メッセージによる行動変容だけが理由かは不明。そもそも三密で良いかという点についても議論がある。また、日本はクラスター戦略を採用したが、クラスターを追跡するという性質上、感染者に対する差別の要因にもなったため、丁寧な議論が必要。

(SCHACH)
・企業のクライシスコミュニケーションの観点からコメント。ポイントは以下の3つ:
①コミュニケーターは決まったことをコミュニケーションするのではなく、コミュニケーションの内容を決める段階から参画する必要がある。失敗例としてはドイツの化粧品小売店がロックダウンを回避しようとしたが、失敗し、かえってレピュテーションを傷つけたという例がある。
②スピードと柔軟性。これはコミュニケーションの構造(structure)が明確な場合にのみ可能となる。また、SNSのコミュニティマネジメントが必要。今回のCOVID-19対応ではドイツは柔軟性については概ね成功していたのではないか。政治家やDrosten教授をはじめとした専門家も、Podcastを利用するなど発信のチャネルを柔軟に拡大し対応。一方、構造(structure)については改善の余地あり。州政府のコミュニケーションは改善が必要な点も多くみられた。
③能動的なコミュニケーションと受動的なコミュニケーションの間を絶えず行き来する必要がある。クライシス発生前のケアが重要であり、ステークホルダー作りを先にしておく必要。

(ROSSMANN)
・メッセージを発出する側への信頼が最も重要であると共に、メッセージのわかりやすさ、つまりリスクを国民が理解できる必要がある。今回メッセージの受け手は多様なため、多様な相手に届くよう、コミュニケーションの手段、チャネルを考える必要がある。
・重要な点は5つ。
 ①スピード、②わかりやすさ、③メッセージの一貫性、④導入する各種規制のコミュニケーションにおいて、政府が何をし、また相手に何をしてほしいかを明確に伝えること。(※注:5つ目聞き取れず。)
③についてはドイツはできていなかった。連邦制のため、州のメッセージが異なるなど一貫性は欠けた。一方、コロナの難しさはエビデンスを含めて情報が都度更新された点だが、この点はきちんと事前情報を訂正し新たな情報をコミュニケーションすることで信頼性の向上に寄与。例えば当初はマスクはつけなくてよいという話だったが、周りを守るためのコミュニティマスクは必須になり、自分を守るためのffp2マスクという話になり、メッセージを切り替えた。
・ドイツはターゲット別のコミュニケーションは行わなかった点が課題。
・ドイツは伝統的な新聞やTVなどのメディアのリーチは比較的高いが、10年前に比べdigitalizationが起きていることもあり、digitalizationはコミュニケーションのチャネルの多様化に寄与。一方新たな問題も起きた。例えばロベルト・コッホ研究所(RKI)は基本的には専門家を対象とした集団だが、RKIの記者会見を急に記者だけでなく誰でもオンラインで視聴できるようになった。するとRKIは元々市民向けのコミュニケーションのトレーニングをしている集団ではないので課題も出てくる。政府と専門機関のコミュニケーションの役割分担については今回の反省も踏まえ、今後さらに研究が必要。

(塩崎)
・一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)では「新型コロナ対応・民間臨時調査会」(小林喜光委員長=コロナ民間臨調)として政府のコロナ対策を検証する報告書を発行。3つのポイント。
①透明性:わかりやすさについては今回日本は比較的上手く行った(例:「三密」)。一方根拠の明示は薄かった(PCR検査数等)。
②双方向性:SNSで世論のモニタリング体制をとり、世論からのFeedbackを吸い上げる体制を取った。
③信頼感:間違えたことを言わない、という傾向が強すぎたきらいはある。また、発信力のある知事と政府が異なることを言うことで政府の信頼が低下するという事態があった。

2.安全 vs 安心

(塩崎)
リスクコミュニケーションで課題となるのが安心と安全の調和。安心も安全も両方大切だが性質が異なる。安全というのは科学的知見。一方安心は主観的な問題。この調和が必要であり、コミュニケーションの受け手が安心を得られているのかどうかはモニタリングの上、必要があれば現在打っている手を変える必要があり、このためのFeedbackのループが必要。
(ROSSMANN)
受け手によって何が安心か、安全かは異なる。年齢、教育、様々なファクターがからむ。このため、理論とエビデンスを用いて事前にコミュニケーションのプランニングをしておく必要がある。ターゲット別に、例えば規範や規制への受容性、behaviorなど。特にヘルスケアの領域においては重要。
(関谷)
信頼感を与えるコミュニケーションと、リスク対応のための行動を取ってもらうコミュニケーションは目的が異なり、区別する必要がある。
(SCHACH)
ターゲットというと性別など特定の区切りを連想してしまうので、企業コミュニケーションでは主にステークホルダーと呼ぶ。ステークホルダーにどうアクセスするか、チャネルの選択を含めて重要。
また、ドイツでは企業に対する信頼の方が政府に対する信頼よりも高いという調査結果がある。しかしインナーコミュニケーションが上手く行っていないと、外向けのコミュニケーションも上手くいかない。今ホームオフィスの進展に伴い内部コミュニケーションに課題が生じている企業も多いが、こうした個人を取り巻くネットワークの意見が、個人に影響するため留意が必要。

3.東日本大震災時のコミュニケーションとの違い

(関谷)
・基本的には同じ問題が今回も発生。政府が一方的に発信し、その情報に対して不信感が起こるという構図。一方、当時とコミュニケーションの方向は異なり、単純比較はできない。3.11の際は「問題ないから大丈夫ですよ」というコミュニケーション。一方今回はリスクサイドに立ち、リスクは認めたうえで、予防対応のコミュニケーション。
・また、前回は恐怖感は放射線に対して向かったが、今回は人に対して向かっている。3.11でも福島産の食品などに対して忌避感が生まれたが、今回は感染者やエッセンシャルワーカーを含めて人に対する差別が発生。
(塩崎)
・3.11に比べて専門家の顔が見えるようになったのは大きな変化。専門家会議というチャネルが出来、専門家としての発信は基本的には一本化された。
・情報開示についても、重大な隠蔽はないという点は大きな進歩。3.11ではメルトダウンという重要な事実がコミュニケーションされなかった。
・メッセージの伝わりやすさへの配慮も3.11よりは進歩。
(ROSSMANN)
・10年前との最大の違いはデジタル化。また、COVID-19は科学だけでなくあらゆる領域が関係する点が特徴。クライシス・コミュニケーションにおけるメディアの役割は改めて整理する必要がある。例えば、gate keeperとしてのメディアの役割はあるが、一方で報道の性質を考えれば不必要にパニックをもたらす懸念も。つまり、誰が報道するトピックスを選んでいるのか。一般的な傾向として、誰もが知っているニュースや良いニュースは報道されず、問題があれば報道するので、問題が過大に捉えられ、不安を煽る懸念がある。この性質は市民の認知にダイレクトに影響する。

4.Infodemic対応

(SCHACH)メディア・リテラシー教育の必要性。
(関谷)大きなリスクの後には社会心理的な混乱は必ず起き、これを無くすことは不可能。一定程度の混乱と、それに伴う流言などは生じてしまうという前提で考えるべき。一方、誰かが故意に嘘を流したり、人を貶めたりというdisinformationは防がなければいけない。この2つを区別して対応する必要がある。
(塩崎)専門家や政府のOne voiceは必要だが、それによって意見の違う人が発言できなくなる、あるいは情報の統制が起きるという事態は防ぐ必要がある。表現の自由とのバランスは重要。
(ROSSMANN)違う意見を言う人には、「黙れ」というのではなく、どんどんと正しい情報を重ねていくことで防いでいくのがまず基本的な対応。ドイツではファクト・チェッカーはある程度機能している。


編集情報:
7/13動画が公開されたため、冒頭を再編集し動画を挿入しました。




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