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プリン・ア・ラ・モード

最寄り駅から少し歩いたところにある喫茶店。
そこは私が小さな頃からずっとあって、
なんとなく通うようになったのは
社会人として働き始めてから。


チリリン、と軽やかな音を合図に
店長と軽く会釈を交わす。
私はお店の奥にある窓際の席へ着く。
店長はお水を注ぐ。

普段はストレートティーを頼むのだけれど
今日はなんだか紅茶の気分ではなかった。
今日の気分は、そうだなあ。
うん、アメリカーノを注文しよう。


一息ついて読みかけの本を開こうと
ぱらぱらページをめくったら
栞代わりにしていたレシートが落ちてしまった。
これではどこまで読んだかが分からない。
そんなに読み進めていたわけでもなかったし
最初から読むことにした。
よくやってしまうこととは言え、
なんだかやるせない気持ちになる。

これを機にブックマーカーを作ってみようかな。
紐から作るやつなら簡単そう。
そうだ、月のチャームもつけちゃおう。
一目惚れして買ったはいいけど
使い道がなかったものだ。
やっと日の目を見る時がきたね。月だけど。
おめでとう。
家に帰ったら一番に取り掛かろう。


なんて考えているうちに
エスプレッソのいい香りがしてきた。
音も立てずに出されたコーヒー。
店長は中々に不愛想でぶっきらぼうな
雰囲気を醸し出しているが
その実、とても所作が丁寧だ。
そんな店長のギャップにも癒されていたりする。


外では雨が蕭々と降っていた。

さあさあと降る雨。
青春小説の冒頭文。
通り抜けてく芳香。
広がる仄かな苦味。

その全てが私をアンニュイな気持ちにさせた。


『さびしさは鳴る。』

さびしさって鳴るものなのか。
この文を見るのは二度目だが
恐らく一度目と同じ感想を抱いている。
疑問と期待が入り混じりながら
ページをめくるのも二度目だろう。
そして読み進めた後に
確かになあ、と共感してしまうのだ。

良い文章というのは
何度読んでも心に染みるものなのかもしれない。
私もこんな風に感情を表現してみたい。
鈍い感性ながらにそう思った。


小腹がすいたのでメニューを見ることにした。
すぐさまプリン・ア・ラ・モードに目が留まる。
こんなのメニューにあったっけ、と思いつつも
多分元々あったのだろう。
ただ今までは興味がなく、
今はとても心が惹かれた。
それだけのことなんだ。きっと。


プリン・ア・ラ・モードは
思っていたより早く出てきた。
プリンを主体にこれでもかと盛り合された果物。
そっと添えられた生クリーム。
ほんのり塗された粉砂糖がきらきらと輝く。
とても華やかで綺麗。
先ほどのアンニュイな気持ちと
ワクワクした気持ちが共存している。
不思議な感覚だ。


結局、食べることに集中してしまい
本はあまり読み進められなかった。
アメリカーノとプリン・ア・ラ・モードの
相性が抜群だったのも
より食欲に拍車をかけてしまったのだろう。

甘味は至福だなぁ。
感情表現について感銘を受けたばかりなのに
早速いつもの鈍い感性が出てしまう。
思わず心の中でおいおいとツッコんでしまった。


会計を済ませて外に出たら
雨はすでに止んでいた。
お店に入る時には気が付かなかったが
喫茶店の前には紫陽花が咲いていた。
紫陽花は雨粒でコーティングされていて
どれもが燦然と輝いていた。


私の心は今ワクワクした気持ちでいっぱいだ。
またプリン・ア・ラ・モードに
心惹かれる日が来るといいな。

読んでくださりありがとうございます!! ちなみにサポートは私の幸せに直接つながります(訳:おいしいもの食べます)