トーベ・ヤンソンのセクシュアリティについて(6)「それを誰が決めるのか?」
(5)の続きというか、書き切れなかったことを。今回はトーベの人生に沿った話というより、個人的な意見や考察が中心です。
その前に、いろいろと参考&引用させてもらったなかで、やっぱりすごいなと思った本のことを再度、プッシュしておきたいと思います。
2007年に初めてフィンランドに行ったとき、ムーミンショップで買った思い出のスウェーデン語版です。すごく重かった(笑)。店員さんに片言英語で「これはスウェーデン語ですか、フィンランド語ですか?」と訊ねたら、「スウェーデン語ですよ。トーベの母語です」と教えてくれたのですが、今思うとどっちも読めないのになんで聞いたんだろう(笑)?
後から出た英語版。これはパラパラと語句の確認用に。この二冊は表紙の写真は違いますが、装丁や掲載されている写真はだいたい同じ。
日本語版『トーベ・ヤンソン 仕事、愛、ムーミン』は右開きで、海外版にはないカラー口絵が豊富で、ボリュームのわりに軽量。装丁もとても素敵(『ムーミンマグ物語』と同じ酒井田成之氏のデザインです)。
編集を担当したのはトーベとも面識があった講談社(当時)の横川浩子氏、翻訳はフィンランド在住のムーミン研究家・森下圭子氏と、後にムーミン全集新版の翻訳編集を手がけることになる畑中麻紀氏(そして、実はわたしも立ち上げと最後の確認作業にご協力しました)。ムーミンに詳しい人たちが、原語のスウェーデン語、フィンランド語版から訳し、相互にチェックをして疑問を解消しながら進めているので、かなり精度が高いといえます。ソフィア・ヤンソンもインタビューに答える際に参考にしていた(!)というほど、お墨付きの決定版評伝ですから、まずはこれを読んでおけばトーベのことがかなりわかると思います。
ネット書店では品切れのようなので、お近くの書店にご注文いただくか、版元に問い合わせをしてみてください(在庫があるかわかりませんが、問い合わせが多ければ増刷の可能性もあると思いますので、古本をプレミア価格で買う前にまずはお問い合わせを!)
さて。(1)から(5)まで読んでくださった方は、「男女ともにつきあってきたのだから、客観的にカテゴライズして名付けるとしたらバイセクシュアルだよね」とか「ん、女性の恋人に向けた熱烈さからいって、それってやっぱりレズビアンってことじゃないの?」とか「ややこしすぎてよくわからない」とか「他人のセクシュアリティを詮索するなんて意味なくない?」とか、さまざまなご意見をお持ちなのではないかと思います。
わたし自身は、頼まれてもいないのに何やってるんだろ?と思いつつ、乗りかかった(勝手に乗った)船でここまできました。実はこの時期、去年、一昨年と、フィンランドセンター主催のトーヴェ・ヤンソン会議というものが東京で開催されていまして(スウェーデンからボエル・ウェスティン教授など研究者が来日、初年はソフィア・ヤンソン氏のスピーチもありました)、昨年、大東文化大学研究員ハッリ・ルオホネン氏が「Thingumy, Bob and Too-tiecky and the Moomin franchise」と題した発表をなさいました。ムーミンに登場するキャラクターのモデルとなった人物のこと、キャラクターのその多様性が子どもたちにダイバーシティに寛容になる素地を与えているのではないか、という内容でした。そこから、日本の事情や、ひとりのセクシュアルマイノリティ女性の実感としてトーベについて考えたことなどを発表できたらいいなとぼんやりイメージしていたものが、今回の投稿の元になっています(今年はコロナのこともあってか、開催されませんでした。このカンファレンスは応募すれば誰でも参加でき、発表も事前に要約を提出して選ばれれば誰でもできます)。
ムーミンやトーベ・ヤンソンについて、取材や原稿依頼を受けたことが何度かあります(基本的には、取材だとうまくお伝えできないことが多いので、書き仕事として振ってくださるようにお願いしています。書き仕事のご依頼は大歓迎です)。
(2)「最愛の男性、親友の女性」 に書いたのですが、日本では長く、「ムーミンの作者は独身を貫いた孤高の芸術家」みたいなイメージがあって、それを払拭すべく、できるかぎり、「後年は女性のパートナーと生きた、幸せな人だった」ということを伝えるようにしていました。とある新聞の取材にもそのように語ったところ、記者の方から「デスク(上司)が”同性愛者だった“と書いたほうがわかりやすい、と赤(修正)が入りました)」と。ちょうどムーミン研究家の方々とお会いする日だったこともあって、相談すると、「いやいやいや、それは違う」と言われ、元の表現に戻してもらいました。
このとき思ったのは、メディア(というか、人?)はあまり深く考えず、物事をわかりやすい形にしてしまいたいんだな、ということ。なんでもかんでも「LGBT」でくくってしまうのもそういうことですよね(ひとりの人間/登場人物がLでありGである、ということはありえないのに。描かれている人物/事象がLなのかBなのかなどを深く考えることなく、LGBTで片づけちゃう。それだったら「セクシュアルマイノリティ/性的少数者」とすれば無難かつ間違いないのですが、文字数が多すぎるんだろうな、と)。
また、以前、「ムーミンの作者はビアンだよ!」とツイートした人がいたので、ソースを問うたところ、(5)でご紹介したビッグイシューの特集を紹介したweb記事だと言われたことがあります。誌面そのものですらなく、web記事?と思ったのですが、そのサイトでは「ムーミンの作者はレズビアンだった」みたいに要約されていて二重にorz(サイト運営者は知り合いだったので連絡を取ったところ、めんどくさいからと記事を修正ではなく、削除。今、確認のためにサイト内検索をかけてみたところ、サンナ・マリン首相の紹介ついでに「『ムーミン』の作者であるトーベ・ヤンソンも同性愛者でした」と公式サイトにリンクが貼ってあるのを発見。そうか、あの記事をそう総括しちゃうのか、と、改めて衝撃を受けました。たぶん、向こうは、ごちゃごちゃ言ってきた人がいたけど、やっぱり間違ってなかったんじゃん!とでも思ったんでしょうね)。
何が言いたいかというと、「わかりやすい形にしたい」勢だけでなく、「自分たちの側に引き寄せたい、仲間だと言いたい」というケースもあるのだな、と。
いずれも、悪気はないのだと思います。慎重さ(または読解力)、他者への配慮に欠けるだけで……。適切な例かどうかはわかりませんが、ゾウを鼻だけ/上から/下から/横から/後ろから見た(触った)人がまったく違う全体像を描くのに似ているんじゃないかと。わたしは常に、自分の見た(触れた)部分だけで全体を決めつけることができるのか、相手は自身をどう認識しているのか、を考える人でありたい(めんどくさくてすみません)。
以下は、前の原稿に書きかけて、これは脱線しているなと思って削除した部分なので、すでに書いたことと重複しているかもしれませんが、自分にとって大事なことなので戻しておきます。
トーベが、というか、ある人が生涯のパートナーに同性を選んだからといって、それはイコールその人が同性愛者だということを意味しません。本人が、自認/自称しない以上は。いつも思うんですけど、パートナーがいたとして(モノガミー/モノアモリーだったとしても)、例えば恋愛対象として好ましいと思うタレントさんぐらいいてもおかしくない(いなくてもいいです、恋愛しなくてもいいですが、それはここではおいておいて)、バイセクシュアル/パンセクシュアルの場合は、その対象の性別がパートナーとは異なることもあるわけです。仮にパートナーシップが終わったり、死別してしまったりしたとき、次に付き合う相手の性別が前のパートナーと同じだとも限りません。
あと、セクシュアリティの定義ってほんとうに難しいなと思うのが、女性としか交際(性的なことも含む)したことがないけれど、明らか男性にしか関心が向いていない、という男性の知り合いがいました。果して彼のようなケースは、ゲイなのか、ヘテロなのか。交際歴だけ見て客観的にレッテルを貼るならヘテロ、指向性で言うならゲイ。本人は特にご自分のセクシュアリティを定義はしておらず、わたしはいろいろと話を聞きながら、幸せになってほしいなどんな形であれ、と思っていました。
わたしはそもそも、作者のことや背景を知るのも好きですが、作品とは切り離して考えたいタイプで、さらにネタバレが嫌いというかまずはあまり情報を入れずに自分の感覚で受け止めたいと思っています。ですから、作者の私生活と作品を絡めた分析にはあまり興味がありません。
トーベ・ヤンソンのセクシュアリティがどうであれ、作品の魅力やおもしろさには関係ない、というのが持論です。小学生の頃、作者を知る前から、作品の愛読者でしたし。それは、作者のセクシュアリティを直視しないとか隠蔽するとか同性愛的傾向を抑圧するとか、そういうことではありません。
でも、連ドラや映画の予告/あらすじ/ネタバレを先に知っておかないと落ち着いて本編が見られないという知人がいるので、人それぞれだし、作者を知ることによって作品がより深く感じられるということもあると思います。願わくば、「ムーミン好きだったけど、作者が〇〇だから好きじゃなくなった」なんて人がいませんように(そういうケースもなくはないですよね、品質は悪くなかったとしても某社のサプリはもう買わない、とか)。
書きたいこと(と時間)がこんなところで切れてしまいました。推敲前なので、あとからまた手を入れるかもしれませんが、ひとまず公開しちゃいます。特に反論もご意見も届いていないので、どう受け止められているのかわかりませんが、何か少しでも得るものがありましたらさいわいです(なお、この原稿はわたしの個人的な意見であり、マナーを超えての引用/リライト等はお断りいたします。何かありましたらコメントなりメッセージなり、くださいませ)。
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