映画
新たな趣味の仲間入りとなるのか。
ここ数日、毎日映画を見ている。
集中することはいいことのようだな。
心も安定して、充実感を感じている。
だけど「何もしていない時間」があることは生きてる上で避けられないことで、例えば仕事が終わった帰りの時間。
「なにもしていない」わけではなく「帰っている」わけだけど、とくにすることが決まっていない時間、といったほうが正しいかな。
その「特にすることが決まっていない時間」の過ごし方が私の課題である。
そして今、その瞬間を迎えている。
私はこれを書きながら「特にすることが決まっていない時間」を過ごしている。
その時間をどう使おうがいいわけなのだけれども。
その時間が私の心を狭くする。。狭くしがち。。。
体が脈打つ感じがして、寂しさを感じる。
寂しいと感じたら、感じているんだなぁとまずは受け入れること、それが必要なんだと。
寂しさを感じることはネガティブなことではないらしい。
感じなくていい感情はどうやらないらしいな。
不安や恐怖を感じなければ、人は身に危険が迫った状況でもその場に立ち尽くして怪我をする。
今、私が寂しさを感じている理由はなんでだろうか。
と、考えながらこれを書いている。
寂しい。
寂しくて、人に会いたい。
ああ、寂しいんだなぁ、人に会いたいんだなぁ。
私、寂しいね。
誰かに会いたいね。
家だったら誰かに会えるかもしれないけど、それが自分を満足させるものだったかなぁ。
私が心地よく生きるためには、寂しさを感じないことがベストなんだろうか。
寂しさを感じる意味はいったい。。。
きっとあるんだろう、な。
と思うことにしている。
いつまで続くかわからない入院生活、
早く家に帰りたい私がふつふつと現れては薄れて
また現れては暴れ、やがて薄れていく。
入院してもう二週間が経つ。
その間で一種類くすりを減らせた。
ずっと飲んできた薬がたった2週間で減った。
それも2錠。
果たしてこれらに意味があったのだろうか。。?
もしかしたら薬には効果ないんじゃないか。
または全ての薬が効果を果たしているわけではないのかもしれない。
あのときはいっぺんにやめたから辛い思いをしただけで、
…つらいおもい?
時間が経つと記憶というものは薄れるもので、
果たして辛い思いをしていたか?
辛いと言う記憶に勝手にすり替えたのではないか?
そもそも薬をいっぺんにやめたことなんてあったろうか、とすら思う。
それは確かにあったのだけど。
うん。。
なんだか話がすごくそれた上に訳のわからない話題になってしまった。
そろそろ自分の生き方が安定して、しっかり生きていきたい。。
これも少しずれると先生が言う「すべき思考」「白黒思考」になる。
自分の生き方が安定して、しっかり生きていく「べきだ」「ことが正しい」といったような。。
0か100かじゃなく、グラデーションになるのもありなのに。
完璧主義というか、なんというか。
話がそれすぎるので、このへんでおわりにします。