私の生き方を変えたあの人の一言

【私の生き方を変えたあの人の一言】が、昨夜の

黙ってられないラジオでのテーマでした。


母は戦争によって諦めざるを得なかったことがいくつもあったことを、

小さな私によく話してくれました。
だから、恵まれた世の中に生きているあなたは、自分が出来ることなら精一杯やりなさいと。
私は、いつも「全力でやったか」を自分に問いかけるようになりました。

そんな私にとって、夫との出会いは、それまでの私の常識を覆すものでした。
あげればキリがない、様々な衝撃がありましたが、腰を抜かすほど驚いたのは
夫の『あなたがいなくなっても世界はまわる』という言葉になります。

精一杯やること、責任をまっとうすることが何よりも大切だと思っている私には
まったく受け入れられない言葉でした。
『あなたは、自分が一生懸命やっているかが大事なんじゃないの?だから、死角だらけ。』と。
頭から水をぶっかけられた気持ちになりました。
でも、なにかあるたびに、苦い味と共に頭に浮かぶ言葉であり続けました。

夫は面白い人で、注射が嫌だと泣く我が子に
「泣いても痛いものは変わらない。怯えて時間を過ごすのはナンセンス。針が刺さって本当に痛い時に、痛さに合わせて泣きなさい」と言い、
仕事への不安をこぼすと、「不安なんて、自分でいくらでも作り出せる。あなたが思いたいのは、これ以上ない準備をしたということなんでしょ?」と言う人でした。

ただ、夫は努力家で、どんなことも、よく知ろうとしていた。
でも、努力に価値を見出してはいなかったんですね。

必要な努力はあたりまえ。

何が起こるか分からない中で、基礎になる知識は持つけれど、あとは、その場に合わせて
動ける『遊び』を持つことを、大切にしていたように思います。

柔よく剛を制すですね。

コロナで変容せざるを得なかったし、年齢も重ねたし、人と会わなくなって
6月までは、私はとても苦しかった。
活動もどうするんだとか、義母を守らなくちゃとか、グイグイと自分に拍車をかけ、もがいていました。

で、限界を見たんです。
その時に、『あなたがいなくなっても世界はまわる』が急に救いになりました。

Que Sera Sera
なるようになるわ
先のことなどわからない
わからない

楽になりました。
どうする?どうする?で自分を埋め尽くさなくなりました。
Mustが消えてHappyが増えました。

生き方を変えざるを得ない事象に、いくつもあってきたけれど
心の中から変わってきたような気がするのは、最近です。

言われたその時にはわからなくても
状況、体験と合致した時に、ストンと腑に落ちる言葉がある。

もしかしたら、美辞麗句より、なんだよ!と思い、シミのように心に残っている言葉が
ある時、大切な力を持つのかもしれないなと、ラジオで話しながら思いました。

全国胃がんキャラバン、多くの人にがん情報を届けるグリーンルーペアクションに挑戦しています。藁をもすがるからこそ、根拠のある情報が必要なのだと思い、頑張っています。