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大切な感覚 21.07.31_omom

 先日「パーフェクトセンス」という映画を見た。世界が原因不明の感染症に襲われ、人類が五感を次々と奪われていくというパニックSF映画だ。嗅覚から始まり、味覚、聴覚と、立て続けに感覚機能を失っていく様子は恐ろしいもので、遂には視覚を失い世界が暗闇となった所で映画は終わる。しかし考えてみると、エンディングを迎えた時点でまだ、触覚が残っているのだ。映画の中で触覚を奪わなかったのは、触覚というものが人間にとって一番大切な感覚だからではないだろうか。あるのが当たり前すぎて、改めて考えた事がなかったが、触覚を失うと実に不便である。例えば歩いていても、足が何かに触れているという感覚が無いし、椅子に座っても、座っている感触はない。自分の体でさえ、触っても何も感じないのだ。勿論、熱や痛みを感じる事もないので、その点とても危険でもある。

 わたしは初めて触覚について深く考え、今までの人生の中で忘れられない感触は何であったか思い返してみた。祖母に買って貰った、念願の大きなテディベアに抱きついた時の、あのふわふわ感。新婚旅行で訪れたマルタのビーチで、青空を眺めながらぷかぷかと浮かび、背中に感じた冷たい海水。しかし一番忘れがたいのは、やはり10年近く前に体験したあの感触だろう。

 当時、わたしはまだ実家に両親と住んでいた。豆太という名前の、白のジャンガリアンハムスターを飼っていて、マメちゃん、マメちゃんと、家族みんなで可愛がっていた。ある夜、母がケージから豆太を出して、手のひらの上で遊ばせていたところ、豆太が母の手をするりと抜け出し、ダイニングを疾走していった。仕事から帰ってきたわたしは、豆太がケージの外にいることを知らず、冷蔵庫に向かってすたすた歩いていた。すると突然、足の裏にぐにっと奇妙な感覚が走った。スリッパを履いていたので、直接足の裏に何かが触れた訳ではないが、スリッパ越しに、硬いような柔らかいような何かを踏んづけた、かなり気持ち悪い感触があった。これは一体何だ。と考える間もなく母の絶叫が聞こえた。「ぎいいいいやあああああ!!!!」嫌過ぎる予感がして足元を見ると、そこにはわたしたちの愛ハムスター豆太のぺしゃんこに潰れた体があった。私はショックのあまり絶句し、父の「まめたあああああああ!!!」という叫び声と母の悲鳴が頭の中で不協和音のように響いた。

 これが、私の最も忘れられない触覚体験だが、全国のハムスターファンの為に補足しておくと、この後豆太は生き返った。愛する豆太を自らの手で(足で)殺してしまったと思い、呆然として立ちすくんでいた所、目の前で信じられない事が起こったのだ。数十秒間ぺしゃんこだった豆太の上半身が、突然、ポンプで空気を吹き込まれたように膨らんだ。そして上半身だけ蘇ったゾンビ豆太は、下半身を引きずりながら歩き出し、ケージへと帰っていった。直ぐに夜間救急外来の動物病院に搬送したが、病院に着く頃には下半身も元に戻り、外傷もなく食欲もあった為、数日様子を見て異常が無ければ問題ないとの事だった。翌日から豆太はいつものように回し車を爆走し、その後2年以上健康に寿命を全うした。勿論豆太の一件はレア中のレアケースなので、全国の皆さん、どうかハムスターを踏んづけたりしないでください。スリッパを履いていても、駄目です。

 話はそれたが、あなたにとっての忘れられない感触は何だろうか。日々の生活の中で改めて意識してみると、いかに触覚が大切かという事に気付かされるのではないだろうか。例えそれが良い感触であれ、悪い感触であれ、何かの手触り(足触り)を感じられる事に感謝しながら生きていきたいと思う。


ハムスタ


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