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坂本サトル『天使達の歌』のこと

坂本サトル『天使達の歌』
1999年2月20日 インディーズ盤8cmシングル 北海道・東北限定発売
1999年5月21日 メジャー盤(4曲入マキシシングル)全国発売


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『天使達の歌』は、坂本サトルさんのソロデビュー曲であり、代表曲であり、言わずと知れた名曲です。
曲が出来上がる過程や、東北・北海道を中心としたストリートライブの盛り上がり、路上で直接CDを販売するという手法、マスコミの注目、テレビ番組出演など、『天使達の歌』に関する事柄は、どこを切り取っても濃密で奇跡的でドラマチックであり、その詳細は、後述するサトルさんの著書に収められています。

2022年2月20日に、サトルさんのファンコミュニティ「サトル部」で、ソロデビュー23周年特別番組を放送していましたが、メジャー盤の全国発売日が5月21日ということで、この日に合わせて『天使達の歌』について書きたいなと思いました。

といっても、あまりにも偉大な曲のため、レビューなどは恐れ多くて書けなかったので、雑感というか、思うところをつらつらと綴っていきます。

天使達の歌
Lyrics & Music by 坂本サトル

西の空にまだ星が残る冬の朝
凛として乾いた空気を深く吸い込んで
さあ行くんだ 旅は始まったばかり

歩いても 走っても
休んでも ときどき戻ってもいいから
遠回りしても  迷っても 
けがれても 汚してしまってもいいから
どうかその旅をやめないで

荷物はバッグ1つだけ 大事なものは全部君の中
いつだって取り出せる どこでも どこにでも連れていく

道は険しいけれども これから出会う人々や
春を待つ道端の草や花 氷の下で流れる川
そして やがて広がる街明かりでさえもが
疲れた君を癒してくれるだろう

激励の歓声も心ない言葉も上手く聞き流して
笑われても 涙こぼれても 大切な人が君のもとを去っても
君が決めた事 誇りに思って

いつか君が 誰もいないゴールで
その旅を静かに終える日が来ても
耳を澄ませば聞こえるはず
空から降り注ぐ祝福の喝采と
君を包み込む天使達の歌
坂本サトル『天使達の歌』

『天使達の歌』が生まれた経緯

『天使達の歌』が出来上がるまでについては、サトルさんの著書『終わらない歌。「天使達の歌」と共に歩いた旅の記録。』(2000年・バウハウス※現在は絶版)に詳しく綴られています。

この本では書き出しから、JIGGER’S SONの’98年3月に発売したアルバム『バランス』が、非常に充実した出来上がりでありながら過去最低の売り上げだったことなどが、赤裸々に綴られています。
サトルさんは、音楽活動のモチベーションやバンド活動を続けるための手段として(結果的にバンドは解散となるものの)、ソロデビューを決意します。
’98年、ソロデビューに向けて曲を作り続けていたサトルさんですが、レコード会社のスタッフから楽曲を否定され、ソロデビューは無期限延期となり、相当行き詰って自信を失っていました。
さらにそれに追い打ちをかけるように、JIGGER’S SONメンバーで弟の坂本昌人さん(通称マットさん)が、配送のアルバイト中に額(ひたい)にケガを負ってしまいます。
自身がソロ活動を決めてしまったために、他のバンドメンバーはアルバイトを余儀なくされ、そのことで弟がケガを負ってしまった。
マットさんはケガのことを笑いながら話していたそうですが、サトルさんはその額の傷を見て「自分はなんて大変なことをしてしまったんだ」「取返しのつかないことをしてしまったんじゃないか」と、(当時)32年間の人生の中で最も深く落ち込んだそうです。
そんな救いようのない状態になって、初めて「自分を励ますための歌を書こう」という思いが湧き上がってきたそうです。

1998年12月9日、サトルさんは詞を書き始めました。
子供だった頃のこと、両親のこと、ギターを初めて買ってもらった日、バンドのデビューが決まったこと、ソロを選んでから今日までのこと、家族のこと。
ゆっくりひとつひとつ思い出したり考えたりしながら書き出したその詞は、「西の空にまだ~」から最後の「君を包み込む天使達の歌」まで、まるで一筆書きのように、あっという間に書きあがってしまったそうです。
次の日、出来上がっていた歌詞にギターで曲をつけていきました。こちらも、まるで既に自分の中にメロディが存在したかのように、5分ほどで完成したそうです。
12月10日、出来上がった『天使達の歌』をスタッフに初めて聞かせたところ、スタッフ全員からアンコールが起こる程の大絶賛を浴びました。
そうして、サトルさんのソロデビュー曲が決まっていったのです。

シンガーソングライターに愛される『天使達の歌』

2022年4月20日放送『GO!GO!らじ丸』に、青森県黒石市でラーメン店『みそラーメンくろいし鉄満堂』(20+) みそラーメンくろいし鉄満堂(営業中) | Facebook)を営みながらシンガーソングライターとして活動する店主の鉄マンさんが、カバーアルバム発売のPRのためゲスト出演され、サトルさんの『天使達の歌』をカバーしたことについてお話されていました。
鉄マンさんは『天使達の歌』について、
「この歌は、『歌うたいのため”だけ”の応援歌』というわけではないが、音楽をやっている人間にはバチバチくる詞がいっぱいある。自分が音楽を作っていて、それを人に聞いてもらって、でもそれがお金になるかならないかはわからなくて。その道でやって行けるのかとか、結局もう、まったくわからない道を歩いている。結果を出せるかもよくわからないし。だけども『自分が決めたことをやめないで』って歌ってくれている。それはもう、バシバシ心に響きます」と仰っていました。
サトルさんも、カバーされた『天使達の歌』について、「ちゃんと鉄マンの歌になっている。うれしかった」と絶賛されていました。
(このカバーアルバムは、鉄マンさんのお店でのみ販売しているそうです。筆者はまだ入手できておりません…)

また、2022年2月に、ロックバンドMISSIONのラジオ番組『Talking Rock the MISSION 』にサトルさんがゲスト出演された際、サトルさんは、『天使達の歌』について、
「自分のために書いた曲。『結果がでなくても、自分がすごく頑張ったことは自分が全部知っている』ということですよね」
とお話されていました。
音楽活動の転換期を迎えるMISSIONの二人の心にかなり響いたのではないかと思います。
(サトルさんの出演回は『Talking Rock the MISSION』の190~192回で、アプリ『Radiotalk』で配信)

『天使』とは何か

以下、筆者の所感です。
実は、上記の鉄マンさんや、MISSIONさんのラジオでのお話を聞いて、初めて『天使達の歌』への理解が深まった印象でした。
感動的な歌詞であり、心を打つメロディであり、サトルさんの気持ちがのっているこの曲を、「素晴らしい歌である」という印象で聞いていながらも、どういう歌なのかということは、深く考えたことがなかったからです。
というよりも、私はこの歌は、親が子供に向けて「人生を肯定して歩んでほしい」と歌っている歌だと捉えていました。
それでも十分、感動的で心に響く歌として聞こえます。
しかし、鉄マンさんやMISSIONのふたりのお話、そして何よりサトルさんの「この歌は自分のために書いた歌」という言葉から、この歌は、「シンガーソングライターをはじめとする、自分を表現しながら生きていく人たちのことを歌っている歌」なんだと思いました。
そう思って聞いてみると、最初から最後まですべてのフレーズがしっくりきました。

しかし、わからない歌詞がありました。
それがまさに、この歌のタイトルになっている『天使達の歌』の、『天使』とは何か?ということです。(最初に述べておきますが、結論は出ませんでした)

いつか君が 誰もいないゴールで
その旅を静かに終える日が来ても
耳を澄ませば聞こえるはず
空から降り注ぐ祝福の喝采と
君を包み込む天使達の歌

当初、私は、この歌は人生のことを歌っている歌だと思っていたので、
「いつか君が 誰もいないゴールでその旅を静かに終える日」というのは、人生の終焉=死を迎えるときのことかと思っていました。
そのときに聞こえてくる『天使達の歌』とは、私のイメージだと、アニメ『フランダースの犬』の最終回にでてくる、ネロとパトラッシュを包んで天上の世界に連れて行ってくれる天使…そんな天使たちを想像していました。

しかし、この歌を、「表現者のことを歌った歌」として聞いてみると、
「誰もいないゴールで その旅を静かに終える日」というのは、自分の作った作品を見たり聞いてくれる人が誰もいなくなってしまい、その表現活動を終えるとき(引退など)、という解釈になるかもしれません。
そのときに、「耳を澄ませば聞こえてくる祝福の喝采」「君を包み込む天使達の歌」とは一体何なのか。
過去に浴びていた喝采の記憶かもしれませんし、表現活動を終えるまで支えてくれた家族や大切な人のことかもしれません。頑張っていたことを知っている自分自身の拍手かもしれません。

サトルさんが、「この歌はこの最後の1行のためにある曲」とも仰っている、天使とはいったい何なのか。
自分の理解が及ばないのが、ふがいなくもどかしいですが、こうやって考えられる余地があるのもまた、この歌の魅力なのではないかと思います。

なお、サトルさんの楽曲で「天使」がでてくる曲は、おそらく他にありません。
しかし、「エンジェル」が出てくる歌はありました。それが以下です。

ドロシーリトルハッピー
『見ていてエンジェル』
詞曲 坂本サトル


退屈そうな君を見て 声をかけようとしてやめて
窓をつたう雨を見てふいに 君が好きなんだとわかったの
揺れながら深く深く
君がいま私の中広がるの
駆け上がった丘から見えた空の青いつか二人で
明日もっと近付けるように
気まぐれなエンジェル そこから見ていて
(1番のみ掲載)
ドロシーリトルハッピー『見ていてエンジェル』

サトルさんがプロデュースしていたアイドル、ドロシーリトルハッピーの「見ていてエンジェル」です。
この歌詞の「エンジェル」は、守護天使のような、守護霊のような、どこか遠くから見守ってくれている存在のようです。
この曲は、サトルさんご自身もカバーされています。



聞いてほしい『天使達の歌』3選

個人的チョイスですが、聞き比べてほしい『天使達の歌』を3つ紹介します。

①アルバム『終わらない歌』収録の『天使達の歌』

いわゆるCD収録作品として一番耳にする機会が多い音源かと思います。
プロデュースはカーネーションの棚谷祐一さん、演奏もカーネーションのメンバー。
この曲をレコーディングしたその後、サトルさんは路上ライブを繰り広げ、3か月に渡って『天使達の歌』をストリートで観客に届けていきます。
その路上ライブで会得した発声方法により、サトルさんの歌声は、がらりとすべて変わってしまったそうです。
しかし、アルバムに収録されている『天使達の歌』は、発声方法が変わる前にレコーディングしているため、アルバム収録曲中、この曲だけ、発声方法が確立する前の歌声で収められています。
サトルさん曰く「人生を変えることになったこの歌の歌声だけが、人生を変えることに気がついていない歌声で収録されている」とのこと。
サトルさんに言われるまで気がつきませんでしたが、言われて聞いてみると確かに違います。

②JIGGER'S SON『SOUND of SURPRISE』収録の『天使達の歌』

JIGGER’S SONが再結成して発売したアルバム『SOUND of SURPRISE』(2018年)に、JIGGER’S SONメンバーで収録した『天使達の歌』ライブver.がボーナストラックとして収録されています。
アルバム収録の経緯は以下のサトルさんのセルフライナーツノートに詳しいです。
bonus track 天使達の歌 (sakamotosatoru.com)
渡辺洋一さんのギターソロがかっこいいですし、セルフライナーツノートの文章がとにかく感動的です。

【坂本サトルによるセルフライナーノーツ】
現状、坂本サトルの代表曲のこの曲をJIGGER’S SONで演奏する事を複雑な思いで聴いている方もいるかも知れない。
この曲がリリースから18年を経てJIGGER’S SONで演奏され、それが今回のアルバムに収録されるに至った経緯を説明する。
話しは2016年12月に戻る。僕がプロデュースを担当しているパクスプエラという5人組の女の子たちと対バンでライブをやることになった。僕のライブはもちろん、パクスプエラのバックバンドもサトルバンドがやることになっていて、そのメンバーとして慎也に声をかけた。出演を快諾してくれた慎也は「普段そんなにドラムは叩いていない」というのが信じられないクオリティでそのステージをやってのけた。パクスプエラの曲6曲に僕の曲が5曲。その中に「天使達の歌」も含まれていたわけだが、そのライブの打ち上げの席で慎也がこんな話しをしてくれたのだ。
「サトルさんが『天使達の歌』を出した時、『この曲を俺たちは演奏できないのか。悔しいなあ』って渡辺さんと話したんですよ」
あれからもうすぐ18年が経とうとするその夜に、初めて聞いた話しだった。
その時の気持ちは一言では言い表せない。嬉しさと申し訳なさ、懐かしさと悔しさがグルグルと押し寄せて、僕は「そうだったのかー」としか言えなかった。その時に考えたのだ。そういう事だったのならば、いつか天使達の歌をJIGGER’S SONで演奏したい。
その半年後の2017年6月に僕のデビュー25周年&生誕50周年記念ライブ、というのを渋谷で開催した。25年間の音楽生活を総括すべく、多くの友人達がゲスト出演してくれて盛大にお祝いをしてもらったのだが、その最後のゲストとしてJIGGER’S SONで演奏をした。
「最後のゲストにJIGGER’S SONを」と思いついたときに同時に思ったのだ。「JIGGER’S SONによる『天使達の歌』をやるならこの日だろう」と。
マットはなんだかんだと結局この10数年、毎年何度かこの曲でベースを弾いてきたし、慎也もついに叩いてくれた。あとは渡辺さんがOKすればいける。ある夜、意を決して渡辺さんに電話でこの話しをすると、あっさりと「いいよ!でも俺に弾ける?」と言ってくれた。フーっと肩のチカラが抜ける。もちろん弾ける。弾けるに決まってるけど別に弾けなくてもいい。あの曲を歌ってる時にステージにいてくれればそれでいい。(もちろんちゃんと弾けました)
19年ぶりのJIGGER’S SONニューアルバム(このアルバムのことです)の選曲時、慎也が「『天使達の歌』は入れないんですか?」と言ってきた。あまりに意外すぎる展開。それはさすがにないでしょう…と思っているとみんなは「いいんじゃない?」と。そういう事なら僕ら的には歴史的瞬間だったあのライブバージョンをボーナストラックとして入れようか…。
このアルバムを聴いた誰かに「何で最後に『天使達の歌』なの?」と尋ねられたらぜひこの話をしてあげて下さい。
元々、リリースするつもりはなかったのでちゃんとレコーディングしていなかったため、記録用に撮っておいたムービーの音源とPA卓からのラインアウトを使って渡辺正人氏が臨場感溢れるミックスに仕上げてくれた。
JIGGER’S SON『SOUND OF SURPRISE』特設サイトより

③ライブアルバム『In my STUDIO』収録 ラピア公開放送ver.

2021年12月に発売された、キーボーディスト佐藤達哉さんとのデュオで演奏されたスタジオライブアルバム『In my STUDIO』
達哉さんとの演奏ももちろんすばらしいのですが、ボーナストラックとして収録されている、八戸ラピアというショッピングモールで行われた、『GO!GO!らじ丸』公開収録で歌われた『天使達の歌』を、聞いてみてほしいです。

こちらは、2021年11月3日(水)に、コロナ禍で様々なイベントやライブが自粛されていた中、2年ぶりくらいに開催された公開収録で歌われた『天使達の歌』です。
ショッピングモールの吹き抜けのイベント広場のようなところで行われていると思うのですが、音の反響があり、まるで教会で歌われているかのような荘厳さを感じさせます。
ピンと張りつめている空気感や、お客さんの集中力、サトルさんの集中力が奇跡のような空間を作り出しているのが、歌声からも感じられます。
サトルさんはこのときのライブについて、
「時計がゆっくりになってやがて止まったような、異空間にきたような感じ。感極まって泣くとかじゃなく、身震いした。もっと深い、音楽が生活の中で鳴ってるってこういうことだよなという感覚でした」
とラジオで仰っていました。

坂本サトルさんの『天使達の歌』。
聞いた方の数だけ、それぞれの『天使達の歌』があると思います。
人生の中で、ずっと聞いていきたい名曲です。

2023年2月20日にこちらも書きました。

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