坂本サトルさんが歌うリクオさんの歌/『胸が痛いよ』(cover)、『タビガラスfeat.リクオ』
リクオさんとサトルさん
坂本サトルさんが敬愛するミュージシャン、リクオさん。
2022年10月23日に青森で行われたリクオさんの酒場ライブで、サトルさんが会場の音響スタッフを務められたとのことで、その後のラジオでは、リクオさんのライブのお話や、サトルさんがいかにリクオさんをリスペクトしているかといったお話をされていました。
メジャーデビューはサトルさんより2年早いリクオさん。
サトルさんにとって尊敬する先輩ミュージシャンであると同時に、変化を続ける音楽業界を生き抜いていく同志として、お互いに有益な情報交換を交わすなど、サトルさんにとって、とても特別な方であるとお話されていました。
サトルさんがラジオでリクオさんのお話をする際に、併せて選曲される楽曲が2曲あります。
一つは、2014年のアルバム『プレゼント』に収録された、リクオさんの歌をサトルさんがカバーした『胸が痛いよ』。
もう一つは、2019年のアルバム『HOMETOWN MUSIC LIFE』に収録されている、リクオさんとの共作『タビガラス』。
『胸が痛いよ』(カバー)
2014年12月24日に発売された坂本サトル弾き語り的カバーアルバム『プレゼント』で、サトルさんは、リクオさんの楽曲『胸が痛いよ』をカバーしています。
サトルさんの演奏するギターとブルースハープが切なく、ボーカルもまた歌詞の世界観をサトルさんらしく見事に歌い上げています。
アルバム『プレゼント』の歌詞カードには、この曲の歌詞について「※カバーにつきオリジナルの歌詞と一部異なります」との注意書きがあります。
サトルさんが歌うバージョンでは、
「♪もっとじっくり話し合おう」の「もっと」、
「♪もっとじっくり愛し合おう」の「じっくり」が歌われていません。
また「♪何にも変えられはしないさ」が、
「誰にも変えられはしないさ」と歌われています。
それぞれ細かなひと言ですが、歌の中の2人の関係性や、受ける印象が微妙に異なります。
ぜひサトルさんのカバーと本家とを聞き比べてみてください。
アルバム『プレゼント』はサブスクにはでていないようですが、サトルさんの公式通販サイトでCDが1000円で購入できます。
2枚組のとっても素敵なアルバムです。
■坂本サトルWeb market『プレゼント』公式通販ページ
本家の『胸が痛いよ』はこちら。アルバム『リクオ&ピアノ』(2010)より。
リクオさんのオリジナルは、'92年、忌野清志郎さんプロデュースによるシングルとしてリリースされており、2010年発売のアルバム『リクオ&ピアノ』でセルフカバーされています。
リクオさんのセルフライナーノーツには、忌野清志郎さんとの出会いや、曲が出来上がっていく様子、一時期この曲と距離を置いていたこと、そして再び歌うようになった経緯などが記載されています。
「ナイーブとの距離感」という言葉がとても印象的です。
■完全ピアノ弾き語りアルバム『リクオ&ピアノ』セルフライナーノーツ
「胸が痛いよ」と清志郎さんのこと
『タビガラス feat. リクオ』(共作)
2019年発売の坂本サトルさんのアルバム『HOMETOWN MUSIC LIFE』には、
リクオさんと共作した楽曲『タビガラス』が収録されています。
この曲は、2014年に青森で開催されたライブ『おもいでレストラン』第4夜のために制作されたとのこと。
リクオさんの超絶技巧のピアノが素晴らしく、めちゃくちゃかっこいい。
年間100本以上のライブを行い、ローリングピアノマンと呼ばれるリクオさんと、そんなリクオさんを敬愛し、同様にギター1本で全国各地へライブに飛び回るサトルさん。
そんな2人の生き方、あるいはそんな生き方への憧れを歌いあげたような、大人の雰囲気を醸し出す楽曲です。
私は、最後のフレーズ「♪全部許して」に痺れました。
■2014年2月14日リクオさん出演『おもいでレストラン』第4夜を振り返った「日々の営み」(2014年2月19日)
■『HOMETOWN MUSIC LIFE』セルフライナーノート
■『HOMETOWN MUSIC LIFE』公式通販ページ
『去られる者』と『去る者』の歌
サトルさんが歌うリクオさんの歌。
おもしろいなと思ったのは、
『胸が痛いよ』(カバー)は、愛しい人に去られてしまった悲しみを歌った歌。
『タビガラス』は、「泣かれてもこればっかりはどうにもならない…」と、涙を流す誰かを置いて、次の町へと立ち去ってしまう歌。
「去られる者」と「去る者」という、まるで裏表のような2曲になっています。
もちろん、それぞれの曲が制作された経緯や、歌のシチュエーション、曲中の登場人物の関係性はまったく異なることは承知の上ですが、
サトルさんの歌うリクオさん関連の歌として、『胸が痛いよ』と『タビガラス』が並んだときに、人の多面性とか、身勝手さを感じつつ、でもそこが愛おしいとか、2曲並ぶことで、新たに立ち上がってくる情景があるな、と思いました。
人生、去られる側の立場になることもあれば、去る側の立場になることもある。
矛盾した想いを内包する、それこそが人間的とも言えます。
また、「去られた者」「去る者」どちらも、
「♪僕を許しておくれ」(『胸が痛いよ』)、
「♪全部許して」(『タビガラス』)
と、許しを請うていることも興味深いですね。
どこか身勝手だなぁとも思いつつ、でもその弱さが人間の本質だったり、愛されるところだったりするのかなぁとも思います。