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短編小説「雑草粥VSホイップ入り生どら焼き」

「いらっしゃいませーありがとうございましたーまたのお越しをうんたらかんたらー」

今日もそんな呪文を延々と繰り返して、仕事終わりにカップ麺かおにぎりとセルフご褒美にホイップ入り生どら焼きを買って帰って、動画サイトで猫とか見て風呂入って寝る。
そんな生活を何年も続けていると、えーと、なんていうんだっけ?
こういう時に単語が出てこなくなるくらい頭が馬鹿になるのだよ。

馬鹿だから未来に希望なんて持てないし、もう馬に託すしかないわー、ってのに残り所持金全部突っ込んだ馬にも裏切られて、お馬さんは裏切らないんだけどー、でもヒーンって泣きたくなるでしょー!
そうだ、貧すれば鈍するってやつ。
ヒーンって泣いたらドーンって壁の1枚でも叩きたくなるし、壁がまたうっすいものだから隣の部屋のキモデブハゲコミュ障みたいな生き物から叩き返されるし、そうなったら自分より幸薄そうな誰かを探したくなって、下へ下へと目線が下がっちゃう。


それで見つけた近所の不幸そうな人間ランキング・ワースト1位が、窓の外に見える大通り沿いにひとりで座っている仙人みたいな謎のおじさん。
毎日通り過ぎる車に向かってわーわー怒鳴って、その辺の草をむしって鍋で煮込んで食べる、ストロングスタイルのパワフルヴィーガンみたいな暮らしをしてる。
寝床は木で出来たベンチみたいな残骸と、ギリギリ雨が防げないブルーシートのスペシャルウルトラハッピーセット。

見つけた時は感動したね。うわ、こんな生活最悪じゃんって思った。
これと比べたら私の人生まだ上向きっていうか、まだまだ上がってる。20代底辺労働女子、まだ人生捨てたもんじゃない。
人生捨てた姿は、多分あれだ。あの道路脇の草っぱらで穴掘ってうんこしてる謎おじさんだ。

「いいねーいいねー、腐ってるねー」

狭くてボロいアパートの部屋の窓から、謎おじさんをこっそり覗き見ながら、パックのジュース飲んでホイップ入り生どら焼き食べる。そんな刹那的で不健全な荒波のような夜を繰り返して1週間、夜中にこっそりと謎おじさんに差し入れを入れているじーさんとばーさんを見かけたときは、もう天地がひっくり返るようなショックを受けたね。

お前、友達いたのかよ!

私にも持ってない贅沢品を、謎おじさんは持っていたのだ。え、ちょっと待って? 私の幸福度低すぎ?

チラシの裏に私と謎おじさんの名前を書いて、真ん中にだーっと縦線引いて、それぞれのエリアに部屋とか収入とか友達とか、そういう幸福アイテムと幸福ポイントを書き込んでいく。

私、部屋+20、収入+10、漫画+10、かわいさ+10、おっぱい+5、猫の抱き枕+15=合計70点!

謎おじさん、友達+50、自由+20=合計70点!

「互角やないか!」

くしゃくしゃに丸めたチラシをゴミ箱に投げ込んで、思わず窓を開けて、ぬあーって大声で叫んで、急いで閉めて電気消して、布団を被ってさめざめと泣いた。

人間はこんな予期せぬタイミングで幸せを奪われるんだ、こうして現実を突きつけられて、最後は頭がおかしくなって、高速道路を走るダンプカーに向かって、ハッピーバースデーって叫びながら飛び込むんだ。
最悪だ、最悪な真実に到達してしまった。きっとこれが前に読んだ漫画に書いてあった全が一で、一が全ってやつなんだ。

5分ほど泣いて、泣き飽きたので棚に置いてあった3DSを取り出して、しばらく放置してたゲームをひとしきり遊んで、特にこれといった変化もないまま寝た。
3DSがあったので、幸福度は80点になったので私の勝ちです。なんで負けたか明日まで考えといてください。


さて、翌朝である。

新しい朝がきた 希望の朝だ
朝から雨降ってるし 雷鳴っている
ラジオの声はわけわからん広東語
道に犬のうんこがあるよ それ、1、2、3

というわけで朝である。
ビニール傘が折れそうなくらいスイトロングファッキンハード大雨だけど、私は奴を観察しなければならないのだ。

そう、謎おじさんだ。
謎おじさんをもうちょっと近くで観察して、どう考えても自分の方が幸福に決まってるじゃん、っていう確信を持たないと今後の人生が色々アレなのだ!
アレは、なんていうか言葉に出来ない! どんな言葉を当てはめても違う気がするし、言葉に出来ても心の底に重なった澱はなくならない。沈殿したたくさんのちょっとした不幸が溜まって溜まって腐って溜まって、なんか煮詰めて限りなく固めちゃった、そういう物体が心の底にへばりついているのだ。

もう上なんて見上げられない、でも下はいくらでも見れる!

事実、先日宗教の勧誘がきたので1時間くらいマントヒヒのお尻も真っ青な勢いでキレたったら、
「あなたに必要なのは神様ではありません、病院です」
なんて言われて、もしもしポリスメンされちゃったから間違いない。私に必要なのは神様じゃない、自我なのだ!
下見て確立する自我なのだ!

というわけで、自販機で何も守ってもらった覚えはないけど、私の命をなにかしらで守ってくれる気がするオブザイヤーのライフガードを買って、謎おじさんがいつもいる大通りに向かって歩く。
そういえば結構長いこと住んでるけど、特に用事がないからあっちの大通りに行ったこと1度もない。
確か大通りを進んだ先には、今は使われてないでっかい廃墟があったと思うけど、それが何なのかは私は知らない。

というより、私がこの町で知ってることなんて、駅前のコンビニの店長が駐車場の車内で煙草バカスカ吸ってることと、ドラッグストアの裏の電信柱にマーキングしてるのは犬じゃなくて不審者だってことと、よくいくスーパーの前の公園には半額待ちのばあさんが目をゲーミングババアくらい光らせてることと、私の住んでる部屋が事故物件で相場の半額ってことと、裏通りのマンションの最上階が夜中はド紫ピンクに光って違法な風俗をしてる疑惑があるってことくらい。

あとは何にも知らない。世の中のことも何にも知らない。

漫画の発売日が1日2日遅れること以外ぜんぶ知らない。

「あ、謎おじさん発見」
憤慨しながら歩いている内に、謎おじさんが生息しているエリアに辿り着いてたみたい。

謎おじさんは雨から隠れるようにブルーシートの下で丸まりながら、全身ずぶ濡れになっている。ブルーシートのそばには朽ちと汚れと腐りで半分読めなくなってるけど、○○断固反対!とか○○抗議行動!とか○○絶対阻止!とか黒ガムテを張り合わせたみたいな角張った文字がびっしりの看板が、ギリかろうじて立っている。

「見せもんじゃねーぞ! てめー政府の犬か、こらぁ!」
謎おじさんが膝を抱えて丸まったまま怒鳴ってくる。

思ったより元気だけど、声は廃屋を通り抜ける風くらいかっすかすだし、顔はミイラとゾンビのハーフくらい痩せてて顔色も悪い。手足は木の枝だし、髪質はなんていうか解いたビニール。

「こちとら何十年も座り込みやってんだ! 犬っころがあ!」
なんでTシャツにジーンズにサンダルで、ビニール傘でライフガードの缶持った女が政府関係者に見えるのかわからないけど、きっとその目には私がご立派な職業に従事している出来る女に見えてるのだ。
出来るのは息を吸って二酸化炭素を吐くことくらいなのにね。

どうやら謎おじさんの正体は座り込みおじさんだったみたい。
24時間365日ここに座り込んで、最初は仲間たちがいたけど次第にみんな忙しいとか腰が痛いとか理由をつけて滞在時間が短くなって、やがてたったひとりでトイレもその辺で済ませながら、道端の草を齧りながら生きるテント仙人みたいになったって、限りなく汚い言葉遣いで語り出した。

その後も、ここは俺の土地だとか草っぱらに芋とネギを植えてるとか、野良犬は紐を振り回すのが一番効くとか、わけのわからないことを吠えたてて、いい感じに醗酵された密造酒みたいな味わいを醸し出して、目の前で卓上コンロ地べた直置きの上で炊く雑草粥を時折口に含みながら、最終的には全部国が悪いってことでまとめた。

いい! このダメな感じ、最高! 私の目に間違いはなかった!

なんだか心の澱が浄化されたような満足感を得てしまったので、これから部屋に戻って入浴剤使ったお風呂入って、スマホでツイッター開いて、バズったツイートのリプで延々見知らぬ人同士でレスバしてるかわいそうなコロシアムを眺めながら、ホイップ入り生どら焼き食べて、ちょっとお高いお茶とか飲んじゃおうかな。
今度の休みは新しいTシャツなんか買っちゃおうかしら。うふふふ。

え? 自分の人生を直視しろって?
やめろ! 現実に引き戻すんじゃない! 私は自分を甘やかすので忙しいの!


明日も労働だ。もちろん明後日も明々後日も。

そう考えたら貴重な休日を、ものすごく無駄遣いした気がするので、もう2度とあんなジジイには関わらないぞと、大通り側の窓を2度と開かないようにカーテンで蓋をして、別方向の窓を開いて、うわぁーって大声で叫んで、布団を被ってちょっとだけ泣いて、最終手段のごそごそして疲れて寝るを実行したのだった。


追伸
大家さんへ。
頭と心の病院に入院しました。家賃はしばらく待ってください。