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小説「つまらぬ怪奇は麺麭より安い 第5話~尻子玉~」

あまり趣味らしい趣味は持ち合わせていないが、唯一趣味といえるものがあるとすれば、釣りだ。
ボクの住むこの町、廃界は大河にも海にも面しているためか、休みの日ともなれば釣りに出かける者が多い。なんだったら仕事前でも、1匹2匹釣ってから働く者もいるくらいだ。
ボクもそういった者の例に漏れず、定休日には釣り竿を担いで河原や海へと出かけるのだ。
釣れた魚は猫の餌にもすれば、自分の夕飯のおかずにもする。食べきれなければ干物にするが、程々に釣れたらそこで終わりにする主義なので、干物にすることは稀だ。

「……で、ボクを釣りに誘うなんて珍しいな」

ボクの隣では岩のような体躯の、老人と呼ぶには少し早い、けれどもまるで世捨て人のような気配を纏った男が、馬鹿でかい手で釣り竿を握っている。髪は頭頂部を剃髪して、側頭部と後頭部から半分ほど白くなった黒髪を長く伸ばし、何本も蛇のように細く編むという奇妙なもので、正直見る度にどうかと思うものの、人がどんな格好を使用とそれは自由だ。
服は黒い僧服の袖と裾を短く切って、逞しい肘先と膝下を剥き出しにして、背には半身は楽に隠せそうな巨大な盾と使い込まれた古びた槍を背負っている。
そう彼は、匪賊集団フェイレンの龍頭のひとり、四獣の玄武(シュアンウー)は暗殺者でありながら僧侶となった。
数年前までは血を啜るために生きているのではないかと思わせる程に、争いとなれば先陣を切り、数々の敵を屠ってきた男は、ある日を境に仏門に入り、今は自慢の槍を振るう日も少なく、1年の半分以上を霊山に籠って過ごしている。
それでも衰えることを恐れてか、鍛錬は欠かさず続けているのは見ての通りだ。

「ところで朱雀よ、お主、何人手に掛けた?」
朱雀というのは、ボクが先代から継承した四獣の名だ。この名と一緒に空中で戦う軽業の技能も受け継ぎ、自身の軽く細い非力を補うために暗器術も習得した。
一方、玄武は先代朱雀と同時期に学び、槍術と大盾に於いては比類なき技量を持っている。攻防一体の最強の槍と盾、彼に限れば矛盾なし、貫けぬものは無く、防げぬものもまた存在しない。その生涯を槍に捧げ、生まれてこの方一度も妻帯もせず、ひとりの女も抱かず、酒にも煙草にも手を付けず、そんな暇があるなら槍を振った方が有意義だとあらゆる我欲を捨て、他の趣味らしい趣味も持たず、ただひたすらに槍を極めた。それが彼、まごうことなき四獣の筆頭、玄武だ。
その彼が問うているのだ。お前はどうなのだ、と。

「ボクは無作法な自慢をしない主義だ、いちいち数えてない」
彼の問いかけた手に掛ける、とはそういう意味だ。暗殺、処刑、言い方は他にもあるが、どれも等しく命を奪うという意味では変わらない。
おそらく答え方としては間違っていない。何人やっただの誰をやっただのと意気揚々と吹聴する、思い上がった輩をこの男は嫌うだろう。当然、ボクもそんな輩は嫌いだ。
「拙僧の知る限りで439人、若いのに大したものだ……」
「あなたほどじゃないよ」
そう、自慢するような数ではないのだ。
当代の四獣の残りふたりが消極的なだけで、ボクが特別多いわけじゃない。彼らが積極的に手を汚す類の者だったら、ボクの倍はあるに違いない。
事実、目の前の老人は倍以上の数の命の、夥しい大量の血で染まっているはずだ。

「拙僧は999人をこの手に掛けた。しかし、どれだけ手に掛けようと世の中は変わらぬし、一向に良くもならん。もうこれ以上屍を積み上げても空しいだけ、最後のひとりを討って引退しようと思うのだ」
玄武の顔には冗談や戯言のような気配はない、どうやら本気のようだ。年も年だ、いつまでも切った張ったの世界に浸っているわけにもいかない。衰えは必ず来る、いや、すでに相当に衰えているのかもしれない。ボクの師は40にして自らの衰えと限界を悟り、弟子を育てて命を落とした。
「先代の朱雀や白虎は上手くやった、自らの弟子に敗れたのだから。だが拙僧には出来の良い弟子もおらぬ。ならば己が技と共に消え去ろうと思ったものの、最後に誰を討てばいいのかわからぬ。飢える民草のために皇帝を討てばいいとも考えたが、皇帝を討つ前に1000人目に達してしまう。であるならば己の技を存分に振るえる武芸者と、とも考えたが、そんな者とは生涯を通しても出会えるとも限らん。お主や白虎、或いは青龍と、そう考えたこともあったが、みな己よりは随分と若い。老いぼれの我が侭に巻き込むは恥に等しい」
どうやら玄武は1000人目というものに拘りたいらしい。なんだそれ、と思わなくもないが、もし自分が武器を置く日が来るとしたら、最後の相手は満足できる猛者であって欲しい、その気持ちは少しは解らなくもない。
ボクに相談されても困るわけだが。

「……どうしたものか」
だからボクに相談されても困るのだが。
眉間に皺を寄せて黙り込む玄武と、その目の前で小刻みに動いている老人の竿を交互に見て、おい釣れているぞと声を掛けるべきか躊躇っていると、
「朱雀さん、朱雀さん」
などと弱々しい声で呟く始末。いくら悩んでいるからって、さん付けで呼ぶことも無いだろうに。
「おい、朱雀。お主に客のようだぞ」
「客?」
違った、単に割り込んできた男がいただけだった。

弱々しく痩せ衰えた、背だけが妙に高い細筆のような外見の老人だ。ボクの非力でも押しただけで倒せそうな、まさに吹けば飛ぶような男だ。ボクの店の客に年配の者は多いが、この男にはどうにも見覚えがない。
「私です、猛凱(モンカイ)です……」
老人は自分の名を名乗り、体力が尽きかけているのか、何度も咳き込みながらぜえぜえと酷く荒い息をしている。
「猛凱だって? 冗談言うな、彼は熊みたいな男だぞ?」
猛凱とはボクの店、骨董品店【森の黒百舌鳥】に出入りする業者のひとりだ。主に陶器と古い刀剣を扱っていて、中々に目が利く。
本人も武器を扱うならと武芸に通じ、元々人並み外れた上背に大量の筋肉を搭載した熊のような体躯で、性格は豪快で感情豊かで猛々しく、必要以上に陽気で快楽的な活力の塊のような男だ。
とてもじゃないが、こんな細筆とは別人だ。背丈は似たようなものだが。

「やはり信じてもらえませんか……では」
細筆は服を捲り、胸元と腹に描かれた大量の武器を手にした八面六臂の荒熊の刺青を見せる。
この刺青には見覚えがある、以前猛凱が自分は武芸百般に通ずるために彫ったのだと自慢していた。刺青を彫れば武芸に通ずる、というのはちょっと理解し難かったが、刺青なんてものは本人の満足の問題だ。彫って楽しければそれで良いのだ、かくいうボクも背中に、鴆という毒鳥と戯れる鴉の刺青がある。
ボクの背中はどうでもいい、今は変わり果てた猛凱の姿が問題だ。
「君はまだ30代だったよな? なんでそんなことになってるんだ?」
「……実は尻子玉を取られたのです」
ボクは意味不明さに目を丸くして、玄武は関心がないのか黙りこくったまま、魚の引っ掛かった竿だけが小刻みに動いていた。


猛凱が語るには、河原で鉄板を熱して猪肉を食っていたところを、突然水の中から現れた奇妙な生き物に襲われた。
その生き物は頭に皿が乗って、背中には甲羅があって、手足には水掻きを持ち、背丈は子供くらいでボクより少し小さく、胡瓜を齧りながら矢鱈と口汚く罵詈雑言を並べ立て、猛凱の放った崩拳を身を低くして避けて尻に触ったかと思うと、にゅるりと尻の穴に手を突っ込み、そのまま人間の頭部よりもひと回りふた回り大きい輝く玉を抜き出したのだという。
そのまま気を失った猛凱だったが、その日を境に活力が失われ、箸を持つことさえ億劫になり、食も極端に細くなった。数日もすると白髪が目立つようになり、数週もすると分厚い肉体は枯れ木のように痩せ衰え、肉体の衰えが精神に影響するのか口調も性格もすっかり弱々しくなってしまった。

「そういうわけで朱雀さん、お店に尻子玉があるのならば、私の尻に挿れて欲しいのです」
「断る」
冗談じゃない、なんでボクが他人の尻に玉を入れてやらねばならんのだ。活力と一緒に配慮や気配りまで失ったのか、この吹き飛ばしたくなる男は。
「朱雀よ、その男はお主の店と関わりあるのだろう? ならば手伝ってやりなさい」
「ふざけるな! ボクは野郎の尻の穴を見る趣味はないぞ! 女の尻の穴も御免だけど!」
玄武は何故、と問いかけるような眼差しをボクに向けてくる。何故ってわからないのか、他人の尻の穴を見たくないからに決まってるだろうが。悩み過ぎて耄碌したのか、この老人は。
「とにかく、ボクは絶対に嫌だからな!」


~ ~ ~ ~ ~ ~


人生はとどのつまり、嫌なことだらけだ。
理不尽な暴力、不当な差別、言い掛かりのような罪状、どうにもならない身の上、無くならない不毛な争い、何度言っても店の前で鳩を捕まえて羽根を散らかす飼い猫の素行、他にも盛り沢山だ。
でも、まさか尻子玉をどうにかしてくれなんて話が来るなんて、そんなの思いもしないだろうが。
などと内心で毒づきながら店内の引き出しから棚から探し回って、ようやく見つけたのが乾燥させた尻子玉らしきもの。すでに埃のかかった記憶を探って、そういえば以前、それこそ店を構えて何月も経っていない頃、怪しい薬売りから買ったのを思い出した。

尻子玉は河童が人間の尻から引きずり出して奪った精力の塊で、乾燥させて煎じると強力な精力剤や媚薬の材料となる。その効果は差が大きく、疲労回復程度から腹上死一直線といった具合まで、元々の尻子玉の持ち主によって異なる。
煎じ薬で猛凱が元に戻るかはわからないが、要は精力を抜かれたわけだ。失った分だけ足してやれば戻るのが道理というもの、こんな古いものを飲ませて大丈夫なのか不安は残るが、それはもうボクに頼むのが悪いのだ。ボクは薬屋ではない、あくまでも骨董品屋で暗殺者だ、治すのは専門外だ。
黒く怪しい色をしている尻子玉を擂鉢の中で潰して、粉にして、猛凱の口に強引に放り込み、思い切り水を流し込む。
こういうのは勢いが大事だ、胃の中に入ってさえしまえば、喉を戻ってくることは無い。

「どうだ?」
「おっ、おっ、おあーっ! おあぁぁぁーっ!」
薬を飲みこんだ猛凱が大声を発しながら、目を血走らせながら見開き、数秒後には泡を吹いて引っ繰り返ってしまった。
「猛凱?」
返事はない、ただの屍かなにかだ。
というのは冗談だが、尻子玉が古かったのか、容量や用法を間違えたのか、それとも他人の尻子玉では適合しないのか、彼に活力は戻ってきていない。むしろ今にも天に召されてしまいそうな状態だ。

「どうだった?」
白目を剥いたままの猛凱を放置したまま店を出ると、心配していたのか義理堅いだけなのか、玄武が考え込むように黙って店の前に立っていた。そんなところに立つな、ただでさえ目立つ体型してるのだから。
「駄目だな。河童に取られた尻子玉を取り戻すしかないんじゃないか?」
「ならば現場に行くしかなかろう。朱雀よ、付いてきなさい」
正気か? 猛凱は悪い人物ではなく、ボクらにとっても損になる人材ではないが、そこまでしてやる義理もないぞ。
「乗り掛かった舟というもの。それに弱きものを助けるも、また仏の教えなり」
どれだけ仏の教えを守っても、あなたの罪を知ったら仏も卒倒して、涅槃への道を逆走してしまうだろうけどな。

ボクは面倒さと疲れの混じった溜息を吐き、今日はもう釣りは無理だな、と折角の休みを無駄にしていることに、拗ねたいような泣きたいような心持ちになったのだった。


・ ・ ・ ・ ・ ・


河童という生き物は胡瓜が好きだという。猛凱を襲った河童も胡瓜を齧っていたという。
であるならば、好物である胡瓜を用いれば誘き出せる可能性が高い。
大量の胡瓜を用意して河原へと向かい、早速河原の水際に胡瓜を並べてみたり、猛凱の置いていった組み立て式の天幕を利用して、胡瓜の無料交換所を設置してみたりと、河童を誘き出す策をあの手この手と講じてみる。
河童が賢いのか間抜けなのかもしれないが、いくらなんでもこんなあからさまの罠に掛かるのだろうか、と疑問を抱きながら準備を進めていると、いつの間にかボクたちの前にずらりと長蛇の列が出来ているのだ。
もちろん全て河童である。
話に聞いた通り、頭には皿があり、背中には甲羅、手足の指の間には水掻き、体色は緑色で口は嘴の様な形状。そして揃いも揃って、早くしろ鈍間、だの、急げ糞馬鹿が、だのと口汚く罵ってくるのだ。

「おい、お前ら。この河原で猪肉を焼いていた猛凱という男が、河童に尻子玉を奪われた。誰が盗んだか知らないか?」
「知らねえよ、阿呆がよぉ! 人間の見分けなんてつくわけねえだろ、お前は河童の見分けがつくのかぁ!」
言い回しはともかく、言い分はごもっともだ。
確かにボクには河童の見分けはつかない。鳩なら羽の模様でなんとなく判別できそうだが、これが白い鶏になると途端に難易度が上がる。比較的馴染みのある生き物でも難しいのだから、特に愛着もなければ身近でもない河童の区別などつけようもない。
そういう点は河童の側も同じなようで、人間の区別などいちいちつけるわけもなく、せいぜい男女の区別程度しか出来ないわけで、猛凱がいつどこで襲った相手なのか河童には判らないのだ。

これは困った。猛凱が誰か判らないのであれば、猛凱から奪った尻子玉もどれだか判らないということになる。適当な尻子玉を戻しても適合しない、いや、そもそも尻子玉を戻せるのかという話ではあるのだが。
しかしそれはそれとしてだ、河童風情がボクに暴言を吐いたこととは話は別だ。
ボクはフェイレンの龍頭だ、そしてフェイレンは匪賊だ。匪賊は面子商売だ、侮った敵対者へは落とし前が必要だ。
暴言を吐いた河童が胡瓜を掴んだ瞬間、河童の腕を外側から握って引き寄せ、反撃させない角度から胴に蹴りを放つ。
すると河童の腕がずるりと、巣穴から這い出てくる蛇のようにすっぽ抜けて、両腕のない河童と胴体のない腕が1対出来上がってしまった。
どうやら河童と生き物は腕が抜けるらしい。なんだ、その変な仕組みは。

河童たちはぎゃあぎゃあと喚きながら慌てて水の中へと走りだし、あっという間に腕無しを含む全ての河童たちが、河原から姿を消してしまったのだ。
これは非常に困る。ボクの技能は地面を蹴って跳び上がり、壁や敵そのものを蹴ることで空中に居座り続ける軽業に特化している。地上や空であれば、そこらの武芸者はおろか他の四獣にも遅れを取らないと自負しているが、相手が水中にいると軽業も活かしようがない。
かといってもうひとつの技能の暗器だが、これも近接での隠し武器、もしくは飛び道具的なものが主体なので、使えそうなのは水溶性の毒くらいだが、川や井戸への毒の使用は師の遺言で固く禁じられている。
水源に毒を混ぜることさえ許されれば、皇帝の暗殺など容易なのだが、それは後見人である組織もフェイレンの同志たちも許してはくれない。悪を討つために巨悪になることはならぬ、というのが彼らの共通認識だ。

「玄武、あとは頼んだ」
「確かに拙僧の槍であれば、水の中の河童を突くことなど容易い。赤子の手を捻るようなもの。しかし、最後のひとりが河童というのも……」
「あなたが人助けをしろと言ったのだろう」
玄武の顔に迷いが生まれている。最後に倒した敵が河童だなんて、床の間で病に侵され風前の灯火、そんな状況でもない限り許容し難い話だ。いや、死の淵でもなお、河童はなあ、と嘆きたくなるような相手かもしれない。
「ギャッハハァ! おら、来いよ、人間がよぉ!」
「かかってこいや、呆け共がよぉ!」
「その槍は見せかけか、河童もどきがよぉ!」
河童たちは時折水面から顔を出して、罵倒しながら石など投げてくる。当然そんなもの当たるはずもないが、同じ言語を使っていることもあり、罵倒は流石に精神によろしくない。
砕けた言い方をするなら、その皿叩き割ってやろうか、などと思うのだ。

玄武は観念したのか、罵倒を堪えられず頭に血が上ったのか、背負った盾と槍を降ろす。
左手で盾を構え、右手で槍を握りしめ、ゆっくりと息を深く吸いこんだかと思うと、次の刹那には河原と面した大河の水面が真っ二つに割れた。実際にはそう見えただけなのかもしれないが、そんな幻を見てしまう程の鋭さと気迫と殺傷力を込められた一撃は、河童たちを次々と水中から放り出していく。
狙いを定めていれば河童は今頃串刺しにされていたのだろうが、玄武はまだ迷いを抱いて、その槍をわざと逸らしたのだ。
それが証拠に、陸に投げ出されて糞尿を漏らしながら命乞いする河童に槍を向けてはいるものの、その切っ先をそれ以上進められずにいる。

「……尻子玉を置いていくがいい、さすれば命までは取らぬ」
それだけ告げてくるりと振り返り、そのまま河童に背を向けてしまったのだ。
「馬鹿、油断するな!」
思わずそう叫んだ瞬間、河童が片腕を限界まで肩口で縮めて、その長さを上乗せして腕を伸ばし、即座に飛び退こうとした玄武の尻を捉え、そのままずるりずるりと、人体をそのまま丸めたような巨大な尻子玉を取り出した。
さすがに彼自身の失態とはいえ、このまま四獣を再起不能にしてしまっては、ボクも責任の一端を負わされかねない。
袖の中に仕込んだ暗器、袖箭から矢を撃ち出して河童の手を射抜き、尻子玉を残して退散させる。
袖箭とは筒の中に矢を発射するための発条を仕込んだ暗器で、携帯が簡単な上、発条を強めれば威力も距離も十分実用可能な域に達する。普段から身に着けておいて損のない名器のひとつだ。
そんなことより、今は尻子玉を抜かれた玄武だ。
尻子玉を抜かれた猛凱は、精力を失って痩せ衰えてしまった。彼も同様に、痩せ衰えて無気力な死にかけの老人となってしまうかもしれない。

「あー、槍とかどうでもいいわ。おい、朱雀、俺はちょっと酒飲んで女買ってくるから、後は任せるわ」


まるで別人である。
玄武の岩のような体は年齢の割に逞しい程度にまで萎み、あれだけ心血を注いだ槍への執着を失い、足取り軽く町へと戻り、その先は後で聞いた話になるのだが、そのまま浴びるように酒を飲み、溜め込んだ金を娼館でばら撒くように片っ端から女を抱き、煙管を何本も咥えて口から煙突のように煙を吐き出し、風呂屋で酒池肉林の如く湯舟酒と洒落込み、帰り道であれほど信仰していた仏像に濡れ手拭いを叩きつけ、道端に寝転がり気分よく大いびきを掻き、その翌朝には自由だなんだと力尽くでフェイレンを抜けて、そのまま何処へと姿を消したそうだ。
彼の精力のほとんどを注いでいた槍への執心が尻子玉と共に抜かれた結果、抑え込まれていた俗欲が爆発的に溢れ出し、ただただ欲望の塊となり、無駄に元気な厄介初老男へと成り果ててしまったのだ。

ちなみに猛凱だが、新鮮な尻子玉を齧らせたところ、数日後には元通りの熊のような男に戻っていた。
店の古い尻子玉は使い物にならないと判断して、ついさっき店番の鶴翼に命じて捨てさせた。



「というのが今回の顛末だ。ボクらは四獣の一角を失ったことに変わりないが、まったく……実になんだかなあって話だ」
「要するにあのおっさん、人一倍以上に元気だったわけだ」
店内では、同じく龍頭で四獣のひとりである白虎が、呆れたように鼻で笑っている。
ボクも釣られたふりをして、乾いた笑いを浮かべたのだった。


(続く)


є(・◇・。)эє(・◇・。)эє(・◇・。)эє(・◇・。)э

性別不明の店主と怪奇の話の第5話です。
河童とストイック老人と巻き添えになった朱雀の話です。

河童の性格がこんななのは、これまで書いた小説のオマージュ的な要素もありますが、数が増えると大変だなあって思いました。
河童、またいずれそのうち別シリーズでも出るでしょう。きっとシリーズ中1回は河童が出るでしょう。
河童、結構好きなんです。