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ラニーエッグボイラー 第4話「死神といくら盛りのルール」

世界にはバグがあった。
すべての現象には原因があり、すべての応報は因果と結びつき、すべての死には理由があるはずだった。
しかしこの世に完璧な者などいないように世界も完璧な物ではなく、世界には自然的に発生しては消えるバグがあった。
それが突然死。どんなに気をつけていても、どれだけ健康であっても、この世に生きている限りは誰もが突然死ぬ可能性がある。もちろん可能性は低く、健康に気を遣っていれば限りなくゼロにまで近づけることも出来る。しかし言い換えれば、どれだけ気をつけていても、運命に抗おうとしても、そもそも運命など関係なしに、突然死ぬ可能性はゼロにはならない。
そのバグは不確定で自然発生的で再現性のない、もっといえば放置しておいてもさほど問題にならない程度のバグだったので、世界は特に何も手は打たなかった。人間にせよ他の生き物にせよ、そもそも世界では毎日多くの命が失われている。それが多少増えたり減ったりしたところで、世界を壊す程の影響はないのだ。

しかしある時、世界を壊しかねないバグが誕生した。

最初に気づいたのは、否、最初に被害に遭ったのはひとりの男だった。
若くして天才と呼ばれ、十代後半で大きな賞を受賞し、二十代前半で名誉ある賞を掴んだ大作家となり、三十代を待たずに累計1億部以上を売った小説家、共食文樹(トモハミフミキ)は莫大な富を得てもなお満たされない男だった。
致命的なまでに人間に興味を持てずに育ち、排泄的な性行為を何度繰り返しても他人を愛せない男は、精神に空虚な穴が開いたように自身の欠落に支配されていた。
愛だの恋だの寂しさだの喜びだのを記していれば、いつしか自分にもそんな感情が湧くだろうと思っていたが、30歳を過ぎてもそんな兆しはなく、やがて全てを諦めて故郷に戻り、無駄に広い敷地の中に、無駄に幾つも建物があって、おまけにそれぞれの建物がモーテルのような独立した部屋を持つ、持て余す以外の未来が見えない建物を建てた。総数で100を優に超える部屋の中には、ただ珈琲を飲むためだけの部屋や外を眺めるだけの部屋もあり、どこまでも満たされることのない男の精神をそのまま形にしたようなものだった。
そこで男は何ひとつとして愛していない女と子供を作ったが、女も女で男の名声と財産だけを望んでいたので、子供の世話は1日3交代制で雇ったベビーシッターと医者たちに任せて、しかも泣き声が煩わしいからと100メートルは離れた別棟の建物に閉じ込めていた。
それが彼の寿命をわずかばかり延ばすことにもなったし、世界がバグに気づくのが遅れる要因にもなった。

数年経った頃の嵐の日、子供を住まわせている建物が雨漏りがするからと家政婦に言われて、仕方なく自身の執筆部屋からそう遠く離れていない場所で過ごすことを許可した。
元々からして出不精な上に、屋敷を建ててからは仕事以外で外出することのほとんど無くなっていた男は、嵐の中を出歩くはずもなく一日中ずっと部屋に籠り、稀にトイレや気分転換で他の部屋に行く程度しか動かなかった。家政婦やハウスキーパーたちも嵐の中は危ないからと屋敷に残り、優しくもないが怒ることもしない雇い主や対照的にヒステリックな面のある妻に気を遣いながら、料理を作ってみたり嵐が去るのを待っていたりしたのだ。
けたたましく雨粒を叩きつける嵐が去った後、その屋敷にいるほぼすべての生き物が、共食文樹の子供を除いた全員が死んでいたのが発見された。
発見したのは雨上がりに訪れたかかりつけの医者で、奇妙なことに全員が同じ時間に突然心臓が止まったのだという。
その後、共食の親族が遺産目当てに子供を預かり、数日後に子供を除いた一家全員が突然死した。
さらにまた別の親族の中でも謎の突然死は起こり続け、気味が悪いと子供を保護施設に預けたら、施設内の子供全員と大人複数名が突然死する事件が起こった。


共食の子供こそが世界のバグだったのだ。
そのバグは再現性のある死をもたらす世界を壊しかねない存在で、しかもどうあっても消すことのできないものだった。
得体の知れない恐怖を感じた親族が包丁で刺そうとしたが、その瞬間に包丁の刃が柄から外れ、首を絞めようとしたらロープや紐が千切れ、焼き殺そうとしたらライターがつかなくなり、バグを攻撃しようとする全てを世界の法則を捻じ曲げてでも生き残った。
後に爆弾がことごとく不発になる、銃の弾が詰まって発射されない、轢こうとした車が突然おかしな挙動で曲がる、といった不可解な現象も起こるのだが、とにかくバグを消すことは出来なかった。
バグの具現化した姿である子供は無数の幽霊に憑りつかれていて、殺した人数だけ幽霊を先頭から順番に成仏させて、代わりに同じ数だけ幽霊が後尾に並んでいく【七人ミサキシステム】という仕組みが働いているが、それが共食の故郷に伝わる同じ名の集団亡霊と関係あるのかは、世界そのものもわからない。

そして世界はバグに対して最悪の一手を取った。
消せないならば見せなければいい、世界に生きる他の人間たちが気づかないように隠してしまうことにしたのだ。
子供はある日を境に、一切の映像機器を拒絶するかのように黒い靄のような姿で映ったり、撮ろうとした途端に故障したり、録画したはずのデータが再生できなかったり、また音声も保存することが出来ず、その存在を隠されたかのように記録されなくなった。
肉眼でならば見ることはできるが、存在感とでもいうべき要素が抜け落ちているのか、目の前にいるはずなのに中々気づいてもらえなかったり、別れて数秒後には記憶から急速に薄れたり、なるべく認識されないように隠されることになったのだ。

しかし見えないからといって無くなったわけではない。
バグは今も世界のどこかで、強烈な死を撒き散らしかねない存在として、世界に隠され続けているのだ。
ちなみに死をもたらす再現性に世界の次に気づいたのは、共食の親類縁者の中でも最も変わり者だった実弟で、再現性のための細かい条件を導き出した後に、まったく関係ない不摂生と不養生のために死んだが、それは敢えて語るまでもない些事だ。


≪彼の遺した再現死の条件は以下の通り≫
・子供を中心に半径30メートル以内で24時間離れず過ごした者が死ぬ
・24時間は累積時間ではなく連続した時間である
・30メートルの範囲は横方向だけでなく縦方向にも及ぶ
・30メートルの中に体の一部分でも入っていたら死ぬ
・それは指などの切り離された部位でも有効である
・抜けた髪や剥がれた角質などの体が捨てたとみなすものは例外
・死の効果範囲は子供が移動するのに合わせて移動する
・死ぬ人数に理論上の上限はない



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「あのー、部屋を探してるんですが」

部屋を探しに来た。
急ぎ引っ越しする理由もないけど、住んでいる部屋のひとつが何日か前に真っ昼間から泥棒に入られて、そのまま住むのもどうにも落ち着かないので部屋をひとつ変えることにした。
部屋のひとつというのは、私は色んな事情があって定職に就けず、かといって致命的な理由があって一箇所で過ごし続けることが出来ないので、夜寝るための部屋Aと起きてる間に過ごす用の部屋Bを用意している。
今回泥棒に入られたのはAの部屋で、不幸中の幸いか現金も貴重品も金目のものも置いてなくて、ベッドとタオルとスキンケア用品とトイレトットペーパーくらいしかなかったので大した被害はないけど、かといってバールでこじ開けられたドアは人目を引くし、そんなところで熟睡できるほど私は豪胆ではない。
こっちは世の中に気を遣ってやってるのに、世の中は私に気を遣わないから不平等な話だ。

「あーのー! 部屋を探しに来たんですけどー!」
ぼけーっとしたボケ面を晒している不動産屋のおじさんに向けて大声を発する。
私は昔から究極的に影が薄く、目の前で話しかけてるのに中々気づいてもらえない。ぶつかっても気づかれないことがあって、これは私が悪いのか、世の中の人間は疲れすぎているのか、きっと後者に違いないとか考えることもある。
おまけに機械全般と相性が悪くて、特に写真の類はまともに撮れたことが1度としてない。色々大変なので、政府はとっとと国民ひとりひとりに無条件で部屋と生活費を用意するべきだと思うけど、その時はその時でうっかり国民一覧みたいなリストから漏れてしまう自信がある。
「へーやー! 探しにー! 来たんだけどー!」
どうでもいいけど早く気づけ、おっさん。寝てんのか? 薬でもやってんのか?

「……あ、ああっ! すみませんお客さん、お待たせしました!」
「大丈夫でーす」
鳩が機関銃を直視したような顔をする不動産屋に向けて、私は精一杯の微笑みを向ける。
怒ったところでしょうがない、だって怒ったところで余計に疲れるだけだから。それに変な部屋を紹介されても嫌だし。
「ワンルームでいいので安い部屋を探しに来ました、あと即入居可で」
「じゃあ早速、内見しますか?」
話が早いのはいいことだ。飯屋に通ずるところがある。
飯屋といえば、以前は座っていても手を挙げて呼んでも一向に気づかれず、1時間くらい放置されたこともざらだったけど、最近はどこも注文がタッチパネル式になってて、おまけにネコチャンが運んでくれるから、影の薄さに煩わされることもない。
ついでにスーパーもセルフレジのところが増えて、レジに並んでいるのに無視され続けることもなくなった。
人の温もりを感じないから嫌だ、なんて宣うわがままな人もいるけど、そもそも人の温もりなんて最初からないんだから贅沢を言うな。もっと便利さを追求しろ、でもキャッシュレス決済のみはやめろ。こっちは銀行口座ひとつ作るのも大変なんだから。


▷ ▷ △


「さあ、到着しましたよ。あれ? お客様? おきゃくさまー?」
「いや、横にいますが」
いつものように見失ったりされながら内見した部屋は、特に語ることもない4畳半ほどのワンルームで、一応小さいながらも物干しスペースもあり、トイレとシャワールームもある。築年数は年嵩だけど近頃流行りのリノベーション物件なので、中は思った以上にきれいだし、アパートの周りもゴミがほとんど落ちていないから治安もあまり悪くない。
寝るだけの部屋としては十分過ぎるので、今すぐ契約して今晩にも住めるようにしよう。
「じゃあ、ここにします」
「ありがとうございます! あれ? お客様? 消えた?」
「いや、目の前にいますけど」
消えるわけがないだろ、忍者じゃないんだから。


▽ ◁ ◁


不動産屋に戻って契約書にペンを走らせる。
共食魚(トモハミイオ)、私の戸籍上の名前だ。戸籍上の名前というのは本名のことだろうと突っ込まれそうだけど、本名があって後に戸籍登録という流れなので、本名と戸籍上の名前は別だ。
私の親は小説家のくせに相当に杜撰だったらしく、出生届を何年も出し忘れていて、しかも杜撰なくせにセンスだけは見せようとして魚骨(ギョホネ)なんて名前を付けていたらしい。私が2歳か3歳の時に死んだから全然覚えてないけど、娘の名前にギョホネはないだろう、ギョホネは。どんな感情してたんだよ、その時。
当然そんな名前が受理されるはずもなく、戸籍上は別の名前になったのだ。
魚と書いてイオもどうかと思うけど。別の字を当てろよ、伊緒とか伊央とか。どんだけ魚好きなんだよ、魚はおいしいけど。

「はい、これ。身分証明ね」

私は写真写りがものすごく悪いのだけど、顔のよく似たモデルか誰かのの写真を証明写真っぽく加工したらすんなり誤魔化せたので、世の中のルールは案外適当なものだし、そもそも顔写真なんてのは痩せたり太ったりメイクしたりで変わるものだから、実はそこまで重要ではないのかもしれない。
単に窓口の人が年配のおじさんで、不動産屋もおじさんで、どっちも若い女の顔の区別が出来ないだけかもしれないけど。
大丈夫、私も他人の顔なんてよくわからん。20代前半でもわからないんだから、おじさんは今後も自信をもって生きて欲しい。
謎に心の中で励ましながら判子を押して、そのまま新しい部屋の鍵を受け取った。


▷ ▷ ▷


「さて、飯でも食うか」

引っ越しは金もかかるし面倒事も多いけど、代わりに楽しみも多い。
新しい部屋A´は旧部屋Aとも部屋Bともそう遠くない場所で、それぞれ3キロ程しか離れていないトライアングルみたいな位置関係にあるのだけど、区画が変わればちょっと町の雰囲気も変わるように、数キロ離れたらまったく別世界になったりする。
そんな新天地を開拓するのは私の趣味のひとつだ。
旧部屋Aは眠れない深夜でも酒を飲みにいけるという理由で歓楽街の中にあって、たまに【聖書・仏陀・義理】というバーにも通っていた。部屋Bは立地的にも古めの商店街のすぐ裏手にあって趣深い上に、ネット環境完備、ゲーム機複数、漫画多数、新型のエアコン設置済み、冷蔵庫の中には缶ビールが満タンと理想的な環境にある。
今度の部屋A´は、そのどちらとも異なる静かな住宅街の中にあるのだ。
無職にとって衣食住は重要だ。衣服は最低限の人間としての矜持だし、外では食べるくらいしか楽しみがないし、住むところは長い時間を過ごすのだから充実度が高いほど生活が豊かになる。
勢いで決めた部屋A´だけど、出来れば近所に良質な店のある素敵な環境であって欲しい。

そんなわけで早速見つけた、部屋A´から徒歩3分の場所にある魚卵丼専門店【爆盛メガロ丼】は、絶対に出店場所を間違えただろうネーミングと、それでも景観には配慮するんだというザ・庶民食堂な佇まいを併せ持った不思議な店だ。
私は小学校にすら行ってない無学の者であれど腐っても小説家の娘なので、そんな馬鹿みたいな名前には魅かれないぞと心の中に1本の鋼の柱を保ちながら、3秒後には店の扉を開いていた。
馬鹿みたいなネーミング大好き、世の中はもっと馬鹿であれ。
ありがたいことに食券制で、メニューは絶対に外せない魚卵の王道いくら丼、魚卵界の黒船キャビア丼、普通は北海道でしか見ないであろうカジカの卵丼、九州から来た最強のスケトウダラ明太子丼、魚卵界のプチプチ散弾銃とびっこ丼、焼いて良し浸けて良しの二刀流シシャモの卵丼、甲殻類からの青い刺客アマエビの卵丼など、徹底して魚卵と白飯のマリアージュに拘り、こういう店は珍しいけどなんで今までなかったんだろうと思わざるをえない面構えをしている。
もちろん私が選んだのは……


「そぉい! そぉぉい!」

目の前で湯気の立つ白飯の上に暴力的に盛られていくオレンジ色の宝石たち。
いくら盛り放題のこぼれいくら丼、正式名称、いくらでも食えるもんなら食ってみやがれソォラいくらを白飯にドーン。馬鹿みたいな名前だけど、いくらをこれでもかと盛ってくれて、お値段もごはん小盛りだと2000円と相場と変わらない値段。
真っ昼間からこんな贅沢をしていいのかと思わなくもないけど、そもそも引っ越しで比較にならないくらい敷金と礼金持っていかれるのだから、2000円くらい使わないでどうする。
私はさらに生ビールをジョッキのメガで注文し、プリン工場よりも多そうなプリン体に挑む。もちろんプリンとプリン体が全然違うことは知っている、そんな野暮なツッコミは不要だ。

「はいよぉー! おまたせしましたぁ! ……あれ? お客さぁん?」
「もちろん目の前にいるし、食べるけど!」

一瞬にして私の姿を見失って困惑する店員はさておき、私は箸を握り、イクラの上から醤油を垂らして、眩いばかりに輝く頂点にわさびを乗せて、地球上でもっとも贅沢かもしれない一口を招き入れる。
うん、うまい。料理評論家みたいな賛辞は期待するな、私は小学校すら出てない無学の者だぞ。うまい、即ち、うまいだ。
ビールを飲み、いくらと白飯を頬張り、さらにビールを口に含む。
ああ、うまい。急な引っ越しは痛手だったけど、普段なら立ち寄りもしない住宅街でいくらを堪能できるんだったら、安い出費だったのかもしれない。そんなわけはない、痛い出費なのは同じ。

「はい、ポイントカードでぇす!」

丼を1つ食べる度にスタンプがひとつ、大盛りだったら2つ増えるポイントカードは、全部で20ポイント貯まると魚卵カーニバル丼という意味のわからない名前の特製丼が食べられるらしい。
いいぞ、その馬鹿っぽいところ。このままその調子で馬鹿であってくれ。
私は上機嫌で最後の一粒まで残すことなく口に運び、最後の一滴までビールを飲み込んだ。


◁ ◁ ◁


▶▶▶『ヨハネさん、あなたに依頼です』

夕方まで時間を潰そうと部屋Bに立ち寄り、ラーメンをドカ食いする動画を見ながら新しい布団一式を注文していると、百々山君からメールが飛んできた。
百々山君は私の依頼窓口もしている本業情報屋の中年男で、トドのような体型をした不摂生の塊のような奴だ。一時保護者でマッドサイエンティストで叔父の達磨塚も太っていたが、百々山君はその比ではない。
しかし見た目に反して知的で繊細なところがあり、各地の防犯カメラの映像の不具合から私の存在を察知し、さらに映像の乱れと時間から行動パターンを予測して接触してきた、ストーカーの才能に溢れる悪い意味で出来る奴である。後で知ったが叔父とは旧知の顔見知りだったそうで、叔父は【鮫】と呼ばれる手練れの殺し屋でもあったらしい。

百々山君は私のことをヨハネと呼ぶ。本名のギョホネが呼びづらいのと、どうしても覚えられないというのが理由で、私もギョホネと呼ばれて良い気はしないから、ヨハネということで通している。そんなわけで死神ヨハネという名前が都市伝説的に独り歩きしてしまい、名前のイメージからかキリスト教の聖人みたいなイタリアン髭モジャ男を想像されたり、狂信的なガリガリ頬こけ薬物中毒アメリカンと思われたりしている。
それはそれで都合がいい。まさか22歳の小柄な地味系女だとは誰も思うまい。

◀◀◀『オッケー、やるやるー。詳細プリーズ』

異名からもわかる通り、依頼というのは殺しのことだ。
私が生まれ持った、半径30メートル以内で24時間離れず過ごしたものを自然死させる謎の伝染病は、究極的な影の薄さと併せて、時間こそかかるものの相手がどこの誰であっても確実に仕留められる技能として、自分が思っているよりも遥かに需要が多く、やり過ぎない程度に依頼をこなしている間に気づけば鮫以上の殺し屋になってしまった。ただ黙ってひっそりと座って、標的が動けば尾行するだけの簡単なお仕事なのに。
罪悪感があるかといえば、これといって罪悪感はない。子供の時分は良くないことだなあと思ったりもしたけど、成長する内に私の意思と無関係に死なれたところでそんなもんそいつの運命だろって開き直るようになり、標的となる相手は例外なく殺したいほど憎まれる理由を抱えたどうしようもない人間なので、心情的な沈みも澱みも悔いも改めも何もない。
24時間も拘束されるのが面倒だなーって気持ちくらいで。

その分、金はいいんだ、この業界。
1回で最低でも数百万は下らない依頼料、百々山君への仲介手数料を差し引いても十分に遊んで暮らせる金が入ってくる。そんな大金払ってでも人に死んでほしいって気持ちはさっぱりわからないけど、それはそれとして、理解不能な気持ち悪い奴からの依頼で飯を食べてるので文句は言わない。
ただ、百々山君は体型が体型なのでそう遠くない内にデブを拗らせて死ぬだろうから、いつまでもこれで飯が食えるわけじゃない。だから無駄遣いは控えて稼げるだけ稼いで、その後はこっそりひっそりと部屋を行ったり来たりしながら静かに暮らすのだ。

昼間に食べたいくら丼は無駄遣いではない。あれは心の栄養なのだ。


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