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綺麗になれ、綺麗になれ

 今日はなんかとても疲れた。理由はよくわからない。疲れがたまっていて身体がだるい。全身倦怠感。疲労困憊ってやつだ。
「なーにじじいみたいなこと考えてんだ、うちは」
ひとりごちる。今日はいつもより長めに浸かっとこ。そう思い立つと本棚からお気に入りの小説をとってお風呂場に向かった。

 お気に入りの小説は石田衣良さんの『美丘』。あらすじを読んで何の気なしに買ったんだけど、とても良かった。だから落ち込んだ時、心が荒んだ時、なんか元気が出ない時、すごく疲れた時とかに読むって決めてる。今日はすごく疲れた時、だ。パパッと身体を洗ってダイブしたいんだけど、長い髪の毛がそれを許してくれない。まだ切るつもりはない。けれどこういう時は男の子の方がいいだろうなって思う。
「あっくん、どうしてるかなぁ。」
熱くなるのを感じた。シャンプーを勢いよくプッシュして、頭をかき回す。
(何言ってんだ。どんだけ好きやねん。思い浮かべんのが真っ先にあっくんって…。好きだけどぉ...。)
考えてても手は淀みなく動いて髪を丁寧に梳いてくれる。私は一度に2つのことまでなら同時に考えたりできる。できればいいなって思いながら練習してたらできるようになった。結構、器用だと思ってる。髪を切るつもりはまだない。もともと別の目的で切るつもりはなかったんだけど、あっくんが
『日本人は黒髪が綺麗なんがいい』
って言ってたから。伸ばしてうんと綺麗な髪に鍛えていくんだ。そう、だから、どんなに考えてても髪は丁寧に洗うんだ。
(綺麗になれ、綺麗になれ)
っていつも祈りながら洗ってる。それくらいしかできないもん。ジュコジュコジュコジュコ。よし、こんなもんでしょ。シャワーに手をかけ、洗い残しのないように、一本一本解くよう。終わればトリートメント。髪になじませるため、しばらく置いとく。その方がいい気がするから。その間に身体を洗っちゃう。洗うだけで15分かかる。
(ほんと男の人だったら、もっと短くて済むのかな……。堪えたよ、ほんと油断するとすぐそっち行っちゃう。ヤバイ。切り替え切り替え。お風呂入ろっ、小説取らな。)

 右の足先をチョンとつけて温度を確かめる。うん、ちょっと熱いくらいのいい温度だ。おなかのまわりにお湯がまとわりついて、全身がジンジンあったまる。いつも浸かってるのに今日は全身の感覚がすごく鋭敏だ。身体が熱い。お風呂に浸かってるからじゃない。何かが体の中から湧き上がってきて、じっとしてられない感じ。バサッ‼︎ 頭まで浸かる。目もギュッと瞑る。息が苦しくなるまで、我慢できるまで限界まで。もうダメッ、でもゆっくり上がって、鼻から下はまだ湯船の中。息を整えてから、
(ダメだ、今日は我慢できないや。でもみんな寝るまでは我慢しないと…。我慢できるかなぁ…。)

 潜る時に高く上げていた小説のことなんてもう頭にない。ポチャン。はやる気持ちとは裏腹にゆっくりと、お風呂からあがった。

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