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甲子園の土

夏は、いつだって暑いし、雨もさんざん降っているのだが
オリンピックやるのやらないの、北海道で日中35℃、お盆のころから
列島に前線停滞であちらこちらで大雨が続く 今年の八月。

甲子園球場にも雨、そして雨。しかも土砂降り。
降雨中断、降雨中止。悔し涙も、汗も雨粒も
いっしょくたになって 日に焼けた頬をつたう。

いつもの夏であれば
カンカン照りのなか、あのフカフカの土の上を走り回って
声援を背に戦って ああ残念ながら敗退して甲子園を去るときに
ベンチ前の土を、手ですくって靴袋に詰め込む、汗まみれの球児たちが
映し出されるのだが・・

言わずと知れた野球少年の憧れの地。
このグランドで、野球をすることが特別なのだから
甲子園球場の土は、ただの土ではない。

兵庫県西宮市に住んだことがある人はご存じだろうが、
数年前まで、市立小学校の6年生と中学三年生の連合体育大会が
甲子園球場で開催され、
子どもたちが一堂に会しての大運動会が行われていた。
今、このコロナ禍では、運動会も難しいだろうが、
選ばれし球児以外にも、
グランドに立ったことがある という人は相当数いるだろう。

さらに、運動会以外でも、グランドに入ることは可能で
使ってない日に球場内、ブルペンやベンチ、インタビュースペース等
を見学して巡る有料のツアーに、ウチのトラキチと息子が参加したことがある。息子はそうでもなかったが、トラキチのおっさんは、恥ずかしげもなく
大はしゃぎしていた。
高校野球とプロ野球以外でも、グランドは競技や興行に使用される、
甲子園ボウルとかコンサートとか、なんかの撮影とか
2020年と21年1月の西宮市成人式は、甲子園球場で行われた。

春と夏で違うが、高校野球の開会式では、入場行進の先導や
合唱、演奏、アナウンスなどを担う 選手以外の生徒たちもたくさん
グランドに入る。主催新聞社のえらいさんや、文部科学大臣なんかもいらっしゃる。
そう、入れるっちゃ入れる。
入れるけれども、
そこで野球をするのは、なかなか難しい。

風を感じ、声援を浴び、このグランドで
投げる、打つ、走る。
グランドの土にまみれることができるのは
地方大会を無敗で勝ち上がってきた代表校の中でも選ばれた者たちだけ。
憧れを胸に、練習に明け暮れてきた彼らの
ユニフォームについた土、スパイクのなかに入り込んだ土は
簡単には払い落とせない、特別なものだと拝察する。
なぜ土を記念に持ち帰るのか、
尋ねる人もいないですよね。

そうはいっても
経験は経験、土は土で、分けて考えるって人もいるかもしれない。
土ですから。
土を持ち帰らない学校もありますし、
土があろうがなかろうが、グランドの感触は焼き付いているんだと思います。
話は全く違いますが 甲子園の土にまつわる話をあと一つ二つ。

ウチの娘が小6の頃、ずいぶん前ですが、西宮市に住んでいまして、
甲子園球場で行われた小連体に参加しました。
一日中戸外で観戦し、私は息子を連れていたのでクタクタで。
終わりました、はい、帰るぞとなっても 娘がなかなか出てこない。
なんやねん、と思ってもう一回バックネット裏に入ってみたら、

娘たちのクラスだけが残されてました。
先生が、なにやら怒っておられて、子どもたちは神妙に首を垂れている。
「何かあったのですか?」と他の保護者にきいてみたところ、絶対にやってはいけないことをクラスの大半がやってしまって、大目玉を食らっていると。
そうです、誰かが土を持ち帰ろうとした、それに同調したものが少なからずいたのだそう。
土は、持ち帰ってはならないと厳命されている、と娘から聞いていたので
私は驚いた。
土は、ただの土である。しかし、このグランドの土を持ち帰ることができるのは、高校野球の全国大会に出場するチームの選手たちだけだ、と
勝手に持ち帰るな、と強く言われていたので、まさか するとは。

今であれば、メルカリで売る、系の話でしょうけど
その頃はまだそんなものはなくて、
小学生が、やるなと言われたことをあえてやった。
ひとりがやれば
諸共に、と皆が土を手持ちの袋に詰めたのを誰かがチクった。

長いことお叱りを受けて、やっと解放。
私は、まさかとは思うが、まず「チクった?」ときいたところ
疲れ切った娘(当時から食が細く、とにかく、すぐ疲れる子で)
「まさか」
「土、集めたん?」
「ビニール持ってないし、手汚れるしポケット入れるの嫌やから、断った」
と、まあ
汚れることが嫌だったという なんというか残念な理由でありましたが
傍観者として、同罪であったわけです。
テレビで見ている甲子園のグランドで、球児たちと同じことやってみようか
という、子どもらしいともいえる行為。怒ってる先生も、思ってたでしょうね。
グランドは足で踏まれて かき荒らされてなんぼ。毎日毎試合整備する。
人手も時間も費用もかかっている土なんだから勝手にはもらえないのよ。
球児には、特別に許されている、要らないってこともあるんだけどね。
そのうち、わかるよね。

3年前に亡くなった私の叔父は、元甲子園球児だった。
4番ファーストで出場したが、一回戦で敗退。相手は強豪浪商(当時)。
高校卒業後は 証券会社に普通に就職し、長男として家族を養った。
叔父から、甲子園での話を聞いたことは無い。
私に野球の話をしても、それこそ「豚に真珠」なので。
子どもの頃、テレビで高校野球を見るたびに、おじさんも土を靴袋に入れたのだろうか、
どこかに大事にしまっているのだろうか、と思っていた。
結局、きけないまま旅立ってしまったので、土の行方はわからない。
たぶん、しっかり者の叔母がお棺の中に入れてくれたのだろう。
あるいは、息子たちが持っているのかもしれない。
どっちでもいいんだけど

土はただの土。雨で流れるし、風が吹けば飛んで行く。

卒業後、野球から離れた叔父はそう思うことにしたのかもしれない。
あちらで、懐かしいチームメイトと野球できるといいんですけど。
甲子園とまではいかなくても、グランドあるかしら?

雨が上がったので、甲子園では熱戦が再開されたようだ。
コロナ禍の中の地方大会、延期や中断を経て、みんなよく耐えて頑張った。
次の試合も頑張って。敗れたチーム、このコンディションの中で頑張りましたね。
グランドも持ちこたえてよかった。
さすが、甲子園。