「殉死という言葉をほとんど忘れて」いた先生が、「妻の笑談(じょうだん)を聞いて始めてそれを思い出した時、私は妻に向ってもし自分が殉死するならば、明治の精神に殉死するつもりだと答えました。私の答えも無論笑談に過ぎなかったのですが、私はその時何だか古い不要な言葉に新しい意義を盛り得たような心持がしたのです。」
「もし自分が殉死するならば、明治の精神に殉死するつもりだ」と突然言われた時、お嬢さんはどう思っただろう。どう反応したのだろう。それが描かれない。今話では、お嬢さんの反応がほとんど描かれず、先生が自分自身に内向し、自殺へ向かう様子が中心に述べられる。
それにしても、お嬢さんが、先生の「笑談」にどう反応したのかがぜひ知りたいところだ。「馬鹿なことを言わないでください」とか、それこそ、「冗談は休み休み言ってください」とかが予想される。しかし、夫婦の会話は途絶える。