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分かっていても引き返せない

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「携帯に登録してある男の連絡先

全部消してって言われたけん、あんたのも消すね。」

黄色い電車に乗りながら、私は、地元の友達に電話する。

「お前、それおかしいって。

だって、別に消さんでもよくない。ただの友達なんやけん。」

そう言われてみて「やっぱり変だよね。」と一瞬よぎったものの

もう1人の私がすぐにその考えをよそに追いやった。

「大好きやけん、他の男と話したりするのが心配なんやって。」

「そんなもんかね〜。」

彼の家に向かう電車の窓から見える河川敷の桜を眺めながら、

地元の男友達に、電話番号を消すことを伝えた。

今思えば、ここが引き返せるタイミングだったのかもしれない。


最初に殴られてからは、どんどん殴られる回数が増えていった。

酔っ払って、あの足音を立てながら帰ってくると

本当に些細なことで怒りだし暴れまわる。

大きな大人が全身で、地団駄をふみ

大声で叫び、暴れまわり、わがままを言いまくり

それが叶わないとなると、私を殴るのだ。


学生の頃、先生に怒られながら

何も感じないように、自分の心を感じてしまった

涙が溢れてしまわないように

どこか遠くを見ながら

心を「今ここ」に置かないようにしていたように

蹴られる痛さを感じながら

心をどこか遠くにやるようになった。

「あぁ、明日は学校だったなぁ。

お昼は、牛丼でも食べようかな。」

なんてことを考えながら

私は、この時間がこれ以上酷くならないように

少しでも早く終わるように、じっとしていた。


「ねぇ、もしかして、俺、お前のこと殴った?」

翌朝、私の体のアザを見ると

ハッとしたような顔をして、私に訊ねる。

私が頷くと、泣きながら謝るのだ。

このまま置いてかれないように

どうにか、この場に留まって貰えるように

自分が見捨てられないように必死に謝っている。

「あぁ、覚えてないんだな。」

目を吊り上げて、大声を出しながら

怒りに身を任せて暴れまわったことを、

突き飛ばされて、うずくまって丸まっている私を

殴って蹴ったことを、

「ヤメて」と言っている私の声を無視して

殴り続けたことを、この人は、これっぽっちも覚えてないんだ。


「いいよ、気にしないで。大丈夫だから。」

そう言いながら、泣いている彼を抱きしめる時に

この人のこの弱さを、私はどうにか出来るんじゃないか。

自分が付き合うことで

この弱さを受け入れて、やっていけるんじゃないか?って

思うようになっていった。

でも、あの頃の私が

本当に受け入れなきゃいけなかったのは

自分の心の方だったのかもしれない。



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