私の人生に必要なものは、誰かが連れてきてくれるのだ。

「あ、この辺でお願いします。」

と、タクシーの運転手さんに告げると

「ここで、降りるよ。」とアキラは言った。

私は、言われるがままタクシーを降りる。

六本木と青山の中間あたりの路地

「こんなとこ、まじで緊張するんやけど、どこ行くと?」

という言葉を出すのをやめた私が立っていたのは

私1人だったら、気後れして絶対に来ないような

お洒落な場所。

近くにあったビルの外階段を上り2階へ。

ガラス張りのその店は

薄暗い室内に、イギリス映画に出てくるような

長方形の緑色のランプが光っていて

壁一面の本棚にはびっしりと本が詰め込まれていた。


あきらとは、下北沢にある老舗のロックバーで知り合った。

流行りのロン毛。細身の体。私より10センチだけ高い背。

アキラのロン毛は、とても綺麗な黒髪でツヤツヤしてて

癖っ毛で、茶色い髪の私からすると、いつもキラキラ光って見えた。

アキラは、その店で知り合った客の中では珍しく

口数が少なく、時折話す言葉は、とても的確で私の心にすっと入り込む。


「今日は、一日営業する日って決めたら

その辺にあるビルの、上の階から順番にインターフォンを鳴らすんだ。

部屋の中に入れてくれる時もあれば、ガン無視の時もあるけど

そのビル一棟全ての部屋のインターフォンを押し終わると

なんか、気持ちいいんだよね〜。」

そんな思想、私には、全くわからないけれど

心底楽しそうに、話してくれるアキラを見ていると

本当に、それが楽しいことな気がしてくるから不思議。

自分とは、違う思考をするアキラという存在の

不思議な話を聞くと、私の世界は、少し広がったような気がするのだ。


「今日、何してる〜?」

いつものことだが、私達の時間は、アキラからのメールで始まる。

大抵、私の仕事が終わる頃に入る連絡で

いつも大体、どっかでご飯を食べながら色んな話をして

老舗のロックバーに行くのが定例のコースになってた。

その定例のコースから外れたその日

私は、その壁一面に広がった本棚の中から

一冊の本を取り出した。

日々、いろんなことに腹を立ててた

セックスを一度しただけなのに、私のことを束縛する男とか

いつまでも、はっきりしない態度の男とか

都合よく、セックスだけ出来たらいいや。と思ってる自分とか

そういうのに、ずっとムカついてた。

自分を大切にする。なんてテーマが、世間に認知され始めたのなんて

本当に、ここ最近なんだもん。

あの頃は、自分も他人も消費することでしか

自分の中のいろんな感情を統制することなんて難しかったんだ。

そんな私の視線に留まったのは田口ランディさんの

「できればムカつかずに生きていきたい」だった。


ページを開いたら、文字を追う目が止まらなかった。

言葉を理解して、頭の中に留まっている自分の体験と

リンクする瞬間が、とてつもなく心地よくて止められなかった。

自分が、ずっともやもやと心の中で感じていた

言葉にならない、社会に対する思いとか、

外の世界に対して感じてることを

的確に、言葉にして目の前に置かれているように感じた。

「そうそう、そういうこと。」

って、

「あぁ、こういう風に言葉にすれば、人に伝わるのか!」

って、スッキリして、驚愕して、同時に悔しかった。


自分の心の中にあることなのに

それを的確な言葉に表現出来ない自分にムカついたし

的確な言葉に落とし込めるランディさんの才能に嫉妬した。


でも、確実に私の世界は広がった。

自分の中にあった、もやもやした物が

スッキリさっぱり収まるべきとこの収まって

「私は、こういうことを考えているんだ。」

って、それぞれのもやもやが所定の引き出しの中に鎮座し

この引き出しには、これ。

この引き出しには、これ。

と、張り紙が、してあるかのように、わかりやすく整頓された。


そのあと、アキラとは、いつの間にか疎遠になった。

いや、いつの間にかではないな。

私に彼氏が出来たのだ。

でも、きっと、私の人生に必要だったのは

あの時の彼氏じゃなくて、アキラだったのかもな。

と、アキラのことを思い出しながら、思うのだった。

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