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「あとは知らんで」と言えるのは

空港で待っていた両親とアメリカから帰ってきた兄の再会。

その様子を見た弟・諭(さとる)は、吐き捨てるように
「あとは知らんで!」
といってその場を離れる。

『拾われた男』というドラマのワンシーン。何気ない場面なのだけど、この「あとは知らんで」に優しさを感じた。この台詞の意図は諭と家族の冷めた距離感が伝わるので優しい言葉ではないのだが、優しいなあと思ってしまった。

今回のテーマは「#やさしさを感じた言葉」


我が家は仲の良い兄弟ではない、かといって悪くもない。自分はそんな兄弟の兄である。

ここ1年間で会ったのは1回か2回、直接連絡とったことは多分ない。
だからと言って仲が悪いわけでもないので、会った時には話す。少しだけ。

そんな関係がもう10年くらいなので、もはや会うとちょっと他人行儀だったりする。もはや最近よく行く飲み屋のコンさんの方が親しいと言っても過言ではない。

それでも「そういえば、」と、弟のことを思い出す時がある。

***


(ネタバレするので、まだの方はディズニー+へ!)

『拾われた男』は俳優の松尾諭によるエッセイをドラマ化した作品で、松尾諭本人のすっごい実話を基にしたフィクション、だそうだ。

俳優を目指して上京した松戸諭だったが、現実はそう甘くはなく、漫然とした日々を過ごしていた。
そんなある日、自動販売機の下に落ちていた航空券を拾った松戸は、落とし主からお礼で会うことになるのだが、その落とし主がモデル事務所の社長だった。
一目で松戸を気に入った社長は、モデル事務所なのに俳優で採用し、松戸はそこから運と縁で、芸能界を渡り歩いていく。

たくさんの失敗がありつつも、運と縁の強い松戸諭があれよあれよと成長していくのが面白い。

仕事も上手くいき、結婚をして、子どもが出来たあたりで、物語は松戸諭とその兄・武志が中心になっていく。

兄・武志(たけし)は家族の反対を押し切って渡米し、家族とも諭とも縁を切り、アメリカで過ごしていた。そこで大病を患い、日本に帰らざるを得なくなり、嫌々ながら諭が迎えに行くのだった。

諭は武志のことが子供の頃から嫌いだった。口から出まかせばかり言う、お調子者の兄が嫌いだった。

しかし武志を引き受けるためには身内が行くしかなく、両親のお願いでアメリカに行く諭。そこでも存分に武志に振り回され、なんとか全てをやり遂げて、二人は日本に帰ってくる。


そして空港で両親と武志が再開するのを目の当たりにして、ぶっきらぼうに「あとは知らんで!」と言うのだった。

大嫌いな家族、大嫌いな兄、そう思っていたはずなのに、俳優の仕事を休んでまでアメリカに行って兄が抱えていた問題を解決して、ついでに熟年離婚しかけていた両親のいざこざも解決して、やることすべてやり切っての「あとは知らんで」。

「や、あとは何も残ってへんがな!」と思わず突っ込みたくなるほど、きちんと家族のことをやり遂げた言葉。それはどんな言い方を、どんな言葉を使っても、やさしさに溢れていた。

なんで大嫌いと言っていた家族にそんな優しくなれるのか。その謎は終盤にわかる。

諭が地元の河原を駅まで歩く帰り道、忘れていた子どものころのことを思い出す。

「待って~や、兄ちゃん待ってーて」

「はよせえや~」

自転車で先に行く武志、それを慣れない自転車で必死に追う諭。諭が階段下でつまづき、立ち往生して武志は先に行ってしまう。

と記憶していたのに、そのあと武志は戻ってきて、一緒に自転車を階段上まで運んでくれたことを思い出す。
ずっとやかましく、嫌だった兄。しかし優しい一面もあった。そのことを思い出して諭は泣く。


そういえば。

いつだったか、小学生になる前の、親戚の子供たちと行ったキャンプだったか。
「子供たちで遊んでおいで」と言われてどんどん森の中に行く後ろで、一人だけ少し歳下の弟が一生懸命に着いてきてた。

「待ってってば」

その声を無視した。聴こえていたのに無視をした。
そしてドンドン森の奥に入って行って振り返ると、遠くの方で諦めた弟は一人で大人たちのところに戻っていった。

なんで無視したんだろう。

それから引っ越す時も、家を出る時も、家が変わる時も。あれから一度も弟に「待って」と言われていない。


どんどんあいた距離。

だから「あとは」知らんとは言えない。「ずっと」知らんでやってきてしまったので。

残された選択肢は「これからも知らん」か「これからは知る」のどちらかで、できれば、ほんの少しだけでも、後者だったら。

拾われた男ならぬ、拾いにいく男の話が始まる予感がする。


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