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【連載小説】明日なき暴走の果てに 第1章 #2

遼太郎は大学2年生の夏に遠距離の彼女と別れ、別の女性と付き合い出した。
1年生の頃から興味を持ったドイツ語とドイツ文化を学ぶ過程で知り合った、ドイツ人ハーフの女の子と。

「遼太郎、お前本当に良かったん? めっちゃ惚れとったやんか、あのべっぴんさんの彼女」
「いいんだよ。今の彼女の方が理に適ってるんだ」
「理に適ってるって…お前、そういうもんちゃうやろ、彼女って…」
「いいって言ってるだろ」

少し怯んだ正宗に遼太郎はすぐに謝ったが、遼太郎があれだけ惚れ込んでいた彼女なのに他に女を作って自分から別れを切り出したという行動に、正宗は彼の "奇妙な異変" を感じずにはいられなかった。

元々遼太郎という男は冷静沈着で、時折温和な所を見せる事もあったが、以降、冷静沈着な部分がやや攻撃的に変わることがあった。

遼太郎は弁の立つ男だったので、まるで相手を論破することで快楽を得ているのではないかと思うほど、言葉で相手を厳しく攻めることが多くなった。

更に遼太郎は女性関係が派手になった。

正宗が学内を一人で歩いている時、とある女の子に話しかけられた。

「野島くんといつも一緒にいる人ですよね?」

すっかりコンビと思われているんやな、と正宗は思う。しかも俺に名前はない、と。当たり前か。

「なんや、遼太郎に取り次いでほしんか?」
「そうじゃなくて…相談があるんです」

どんなことや、と正宗が尋ねると女の子は「ここじゃちょっと…」と言う。仕方なしに近所のカフェまで移動すると、彼女はすぐに目に涙をいっぱいに溜めた。

聞けば「仲良くなってから野島くんが冷たい。連絡くれるって言ったのに全然してくれない」と言うではないか。

「野島くんって釣った魚に餌はやらないタイプなんですか?」
「え、ちょい待って。あいつ彼女…、ハーフの子って聞いてたんやけど…君ちゃうよな?」

正宗の言葉に女の子は目を丸くした。アカン、と思った。

そしてそんな "相談" はその子だけではなかった。

さすがに正宗もよろしくないと思い、遼太郎に釘を刺した。

「リナちゃん言うたっけ、ハーフの彼女。もう別れたん?」
「いや…」
「お前、パートナーおるのに何で浮気するん?」
「…」
「モテるのは結構なことや。でも彼女おったらアカンやろ」
「わかってると思うけどな、彼女も俺のことは」
「そう言うことやないねん!」

珍しく正宗は真剣な顔をして対峙した。

「遼太郎、最近ちょっとおかしいで。あのゾッコンの彼女と別れてからや。自分から振った言うてたけど、ほんまは振られて自暴自棄になってるんちゃうか?」
「…そうかもしれないな。俺はどうしようもないクズだから。あんな容姿も中身も綺麗で純粋ないい女、俺と別れて当然なんだ」
「真面目に答えろや」
「真面目に答えてるよ」

正宗は力が抜けたように、悲しみを露わにした。
しかし次の遼太郎の一言で、憤怒を浮かべる。

「お前に紹介してやろうか。一人でも二人でも」

正宗は遼太郎の頬を拳で殴った。

「えぇ加減にしぃ。ほんまのクズになるで。お前はそんな男やない。今ちょっとおかしなってるだけや。頼むから頭冷やしてくれんか」
「…誤解してるよ正宗。俺は “ほんまのクズ” なんだよ」
「遼太郎…」

遼太郎は口元から滲んだ血を脱ぐうと、嘲笑を浮かべて立ち去った。

* * *

翌日。
キャンパスで遼太郎の姿を見かけなかった正宗は、一升瓶を持って遼太郎のアパートを訪れた。
しかし部屋にも彼がいる気配はない。仕方なしにアパートの前で遼太郎の帰りを待った。

次第に夜が深まり、初冬の風がしみてくる。

「遼太郎…女んとこ泊まり込んでるんちゃうやろな…それだけは勘弁してくれよ」

それでもしばらく待つと、22時近くになりようやく姿を現した。

「よぉ、遼太郎」

昨日のことは何もなかったかのように、いつもの調子で正宗は右手を挙げて気さくに声を掛けると、遼太郎はひどく驚き、そして目を細めた。

「何してるんだよ、そんなとこで…」
「一緒に酒呑もう思うて待っとったんや」
「いつから…」
「まぁまぁ。上がってもえぇか?」

遼太郎は渋々承諾し、2人は部屋に入った。

そうして遼太郎から漂うむせるような甘い香りに、やはり女のところにいたのだなと思う。戻って来てくれただけでもありがたいと言うべきか。

「酒が傷に滲みるかもしれんけど、かんにんな」

口元の怪我を見ておどけて正宗は言ったが、遼太郎は押し黙ったままだった。

「まだ怒っとるんか?」
「初めから怒ってなんかいないよ」
「俺のことはほっとけっちゅうことか」
「…」

正宗は小さくため息をつくと「まぁ呑も。アテも大したもん持って来てないけど」と言い一升瓶をテーブルに置くと、遼太郎はキッチンからコップを2つ持ってきた。

正宗が2つのコップに酒を注ぎ、アテの鮭とばを袋の上に出した。
昨日のことにはわざと触れずに、普段のように話を切り出した。

「年末年始、どないすんの? どうせ帰らへんのやろ?」
「うん、帰らない」
「ほな、どっか旅行でも行こか」
「お前とか?」
「えぇやろたまには」
「たまにはって…」
「なー、どこがえぇかな。鬼怒川温泉か箱根か…。まだ関東こっちで温泉行ったことないんや」
「勝手に話を進めるなよ」
「えぇやん、ヒマで寂しい俺のために時間作ってやー」

遼太郎は仏頂面を崩し、吹き出した。

「正宗らしいな」
「何がや」
「まぁいい。けれど男2人で温泉はきっついな」

そう言うと正宗も遼太郎も笑った。

酒を呑み進めると、遼太郎はポツリと言った。

「正宗。ひとつだけ忘れないでおいて欲しいことがあるんだ」
「なんや。俺のこと好きや、とか言うんやないやろな」

遼太郎はクックッと笑い「違うわ」と関西弁風に言ったが、すぐに笑顔を落とした。

「俺は本当にどうしようもないクズだ。それだけは憶えておいてくれ」
「遼太郎…」
「自分を頼ってくれる奴を切り捨てるんだ。衝動的に。彼女のことも、弟のことも…」
「弟…?」

遼太郎は自分の弟の事を話した。なかなか言うことを聞かない・しゃべりたがらない弟が両親から疎ましがられ、自分しか頼れる存在がいないのに、そしてまだ小学3年生だというのに、そんな家に残して自分は東京に出てきたことを。

「わからない。どうしてそんな気持ちになるのか、わからない。プッツリと何かが切れるような。激しく何かが燃えたぎるような。何が自分の中で起こっているかよくわからない。けれど、その結果が自分のことしか考えていないことは事実だ」
「遼太郎、進学は仕方ないやろ。それは切り捨てたんちゃうわ」

遼太郎は一笑し、言った。

「正宗は俺に散々 "かっこえぇ" だとか "羨ましい" って言ってくれるけど、本当にそんな人間じゃないから」
「わざとなんか? わざと傷つけてるんちゃうか? 周りのことも、自分も」
「…」
「何でそんな事するんや?」

遼太郎は自分の両腕を抱えた。その手は微かに震えていた。

「…時折自分を抑えられなくなる。何かを壊さないと、自分がぶっ壊れそうになる」
「遼太郎、お前…」
「自分がぶっ壊れればそれでいいんだけどな。むしろその方が誰にも迷惑かからないんだろうけどな」

そう言った遼太郎の目は正宗の方が震えるほど冷ややかで、何も映ってはいなかった。

「あほ。お前がぶっ壊れるようなことあったら、俺が全力で止めたるわ。もしまたそないな気持ち起こったら俺に言うてくれや。俺のことならなんぼぶっ壊してくれても構わんしな。なんぼ壊れてもすぐ復活してみせるさかいに」

遼太郎は虚無の瞳のまま正宗を見、微かに微笑んだ。




第1章#3 へつづく

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