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【シリーズ連載・Guilty】先輩、私がなんとかします! #4

~再びチェヨン登場


先輩を待たせてはいけない。

待ち合わせである駅の改札に1時間早く到着したが、目の前に広がる夢の国への入口には、既に多くの人が押し寄せている。

そして私の心臓は爆発寸前である。

野島先輩のために、童心に帰って遊んでもらおうと思って企画したはいいが、

『で、誰か他に声掛けるの?』
『あ、そうですね…。2人きりではよろしくありませんから』
『俺は別に2人でもいいんだけど』
『えっ…!? だめですよ!』

だよね、と先輩は笑った。

だから言ったでしょう。笑顔は危ないって。
女の人を、だめにしちゃうからって。

しかしならが急な予定に他の人の都合がつかず、予定そのものを延期するにも今度は野島先輩の予定がなかなか合わず、結局2人で行くことになってしまった。
ただ野島先輩は『俺と2人で行くことは会社の人には内緒にしておいて』と言う。それもそうだ。変な噂が立っても困る。

私は自分の胸を拳で叩きながら、緊張を解すように言い聞かせる。

「大丈夫。今日は野島先輩に楽しんでもらうことだけを考えればいいのです。余計なことは…」

「おはよ。カンちゃん早いなぁ。もう着いてたの?」
「…ヒェ!」

独り言をブツブツ呟いていたら、背後から急に先輩が現れた。早いね、と言われたところで先輩も30分早い。

姿を見てビックリした。オフホワイトのノンロゴのパーカーにジーンズ、足元はVANSの黒いオーセンティックで、まるで大学生みたい。
何より、普段は整えている前髪を下ろしており、目元が少し隠れてだいぶ印象が違う。それが更に先輩を若くかわいらしく見せている。

けれどその風貌に不釣り合いな、おじさんのような甘ったるい香りがほんのり漂った。会社ではそんな香りはしないから、それまた驚いた。嫌いな匂いではないけれど、似合わないと思う。先輩はもっと上品な、白檀のような香りがしていて欲しい。…それも若くはないか…。

「あ、お、おはようございます!」

ペコリと90度以上身体を傾けたら、背負っていたリュックが背中から頭の上へ滑っていき、それを見て先輩は笑った。そして園の入口に目をやった。

「もうこんなに人がいるんだ。すごいな」
「で、では、乗り遅れないように我々も参りましょう。準備はよろしいですか?」

緊張し過ぎて自分でも何を言っているのかよくわからない。

私たちの横を、何組ものカップルが手を繋いだり腕を組んだりして駆け足で通り過ぎていく。勇み足の私の少し後ろを先輩がついて来る。

「野島さん、ここへは以前はいつ来ましたか?」
「ない。初めて」
「えぇ!? 初めて!?」

思わず振り返った。先輩はキョトンとしている。

「そんなに珍しくはないでしょ」
「子供の頃だけでなく、大人になってからも遊んでないですか」
「別にこんなところに来なくたって遊ぶ所はあるでしょ」
「まぁ…そうかもしれませんが…」

入園ゲートをくぐり、まずはマーケットプレイスのようなアーケードを歩く。景気付けしなければ空気が硬いままだ。いえ、空気ではなく硬いのは私なのだが。

「そうだ。野島さん、グッズを買いましょうか?」
「グッズ?」

私たちはとあるショップに入り、キャラクターの耳が付いたカチューシャを手にした。

「どうですか?」
「…は? これを俺に?」

構わず先輩の頭に付けてみた。まるでアイドル歌手みたいだ。意外と似合うのではないかと思う。
けれど先輩は顔を真赤にして、手をグーにして固まった。まるで電池が切れてしまったみたいに。近くにいた制服姿の女子高生3人組がその姿を見てクスクスと笑いながら通り過ぎる。

「…これはやめましょう」

代わりに犬のキャラクターの帽子を手に取った。長い耳が垂れ下がっている。

「あ、こっちの方が似合います!」
「こっちの方が…って…」

今日の服装にも、元はかわいい顔をしている先輩にも、それは合うと思った。

「私からのプレゼントです。今日はこれで行きましょう」
「ちょっと待って…」
「野島さん、今日は子供に戻ったつもりで楽しまないと! さ!」

犬の帽子を目深に被り、恥ずかしそうに先輩はついてくる。

アーケードを抜けると、突き抜けるような青空が広がっていた。真正面に見える、ノイシュバンシュタイン城をモデルにした城の白が映える。
…我ながら良い韻を踏んでないか?

「野島さん。青い空に城の白が映えますね」
「…えっ?」
「えっ?」
「…」
「…韻を踏んだのですが」
「それは韻というよりダジャレじゃないの?」
「…」
「…」

なんと。違ったのか。恥ずかしい。

「…コホン。では…何から乗りましょうか?」
「カンちゃんの好きなものでいいよ」
「う~ん、そうですね…。縦Gが苦手なので、それ以外の乗り物だったら何でも大丈夫です」

そう言うと先輩は、遠くに見えるタワーを指さした。

「縦Gって、あぁいうの?」

そう、あれは垂直に落下する乗り物だ。

「はい、あぁいうのです」
「じゃあ、それ」
「はい!?」
「苦手なものは克服してなんぼだから」

先輩はそう言ってニヤリと笑い、その方へ向かおうとした。私は慌ててパーカーの裾を引っ張った。

「あれは隣の園のものです」
「じゃあ隣も行こうよ」
「待ってください。“カンちゃんの好きなものでいい” っておっしゃったじゃないですか」
「気が変わった」
「えーっ…。では…せめてもう少しこの園内の乗り物で楽しんだ後でもよろしいでしょうか?」

私の顔は強張ったままだった。先輩は可笑しそうに笑って「いいよ」と言った。

先輩は、私が観たいもの乗りたいものに、どんなに並んでも何の文句も言わず不機嫌な顔もせず付き合ってくれた。感動している風でも子供のようにはしゃいでいるようでもないが、毎回確認の意味も込めて「楽しいですか?」と訊くと「楽しいよ」と答えた。

それは遅めのランチにも関わらずレストランの行列に並んでも変わらなかった。それどころか興味深そうにキョロキョロ見回しては、感心したように頷いてみせた。

周囲のカップルは手を繋いだり身体を寄せ合って楽しんでいるけれど、私たちは…私の半歩ないし一歩後ろを先輩がついて来た。そんな私の頭の中を察したのか、不意に先輩は

「俺たちも手、繋ぐ?」

と訊いた。慌てて首を横に振ると「冗談だよ」と笑った。気分を害した風でもなく、断られることを分かっていて言ってみたよ、と言いたげだ。

元々優しい先輩だと思っていた。でも職場では厳しくもあるし、やはり威厳を保とうとしているのだろう、普段は些細な表情にも力みがあるのだろうと感じた。
こんな人が、なぜ、きちんと愛を育もうとしないのだろう。

やがて日が傾き、先輩は私の苦手なあの塔を指さした。瞬時にこわばる私の顔。

「童心に帰って楽しむんでしょ?」
「私はいつも童心です」
「じゃあ何でも楽しまないと」
「誰にでも避けて通りたい苦手なものはあります」
「苦手のままで置いておくからいけないんだ。何事も」

そう言って先輩は私の手を引いた。が、咄嗟にその手を払い除けてしまう。

「あ、ごめん」

やはり先輩は気を悪くするでもなく、すぐに笑顔になった。

「俺は乗ってみたい」

仕方ない。今日は先輩のためだ。
私は意を決した。



「カンちゃん、大丈夫?」
「ちっとも大丈夫じゃありません…」

だからダメだと言ったのに。縦Gは胃がふわっと浮き上がる感じがとてもとても嫌で、私はすっかり乗り物酔い状態になってしまった。

「野島さんは何ともないんですか」
「俺? 全然」
「さすがですね…楽しそうでしたもんね…」

現に、恐怖のあまりに下を向いてギュッと目をつぶったままの私に、隣でずーっと「顔上げなよ、いい眺めだよ」とか「ヒャッホー!」とか、今日一番楽しそうに声を出していた。

「何かパレードが始まるっぽいね。休憩がてら観る?」
「あ、もう、遠くから眺められれば、それでいいです…」
「じゃ、ちょっと座ろうか」

そう言って先輩はベンチまで私を誘導し座らせると「ちょっと待ってて」と言ってどこかへ消えた。

春とはいえ、陽が落ちた後の海風はやや冷たかった。リュックからカーディガンを取り出し羽織っていると、先輩がカップを手にして戻ってきた。

「はいこれ、温かい紅茶。これで少し落ち着くかな」
「あ…ありがとうございます」

受け取る際に先輩の手には触れなかったが、じんわりと暖かさが伝わってくる。

「ごめんね、無理やり乗せちゃって」
「そうですね」
「そんなにテンションだだ下がるなら止めておけばよかった…って言っても後の祭りだけどね」
「本当です」

そう言いながらもらった紅茶を、ふぅっと息を吹きかけ一口飲む。

「それにしても…子供の頃こういうところで遊んでいなかったからって、半ば強引に連れてきて、カンちゃんは本当に面白いな。初めてだよ、こんなことされるの」
「女の子からデートで遊園地に連れて行って、とお願いされたこともないんですか?」
「あったかもしれないけど、憶えてない。行ってはいないな」
「子供の頃は本当に遊びもせず、武道の稽古に励んでいたのですか。逃げ出しもせず?」
「…励んではない。それに逃げるところなんか無かったよ。俺が住んでた所は田舎だったし。逃げたところで何もない」
「そうでしたか…」

膝の上に置いた紅茶が、少しづつ冷めていく。

「実は、私はお姉さんに相談したのです。私のお姉さんは大学で心理学を学びましたから。それで、幼少期に問題があるのではないかと言うのです」
「問題って?」
「野島さんが彼女を作らないで女の人と遊ぶ問題です」

先輩は硬い表情になった。





#5(最終話)へつづく

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