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メンタル・マッチョ・ゴリラ <誕生編>vol.3   「ジャングルの獣民」

ジャングルと呼ばれる謎の部署、PSに配属され1か月が過ぎようという頃、教育係が去って行った。だが、なんとか仕事にも慣れ、お気楽~であったのもつかの間、真の獣民じゅうみんがとうとうその姿を現したのである。



朝から、十分不穏な空気が漂っていた。日頃からすみっこで注目されることもない私に皆、ちらちらと憐憫のようなまなざしを向けている。

猛獣使いである部長は、いつも新人を気遣ってくれていたのだが、その日、悲壮な表情で私の前に立つと、おもむろにこう告げた。

「yaokiさん。席、移動してもらうことになったから」

「あ、はい!」

20代前半、元気だけが取り柄である。すぐに事務用品やらを抱えると、すみっこから主戦力であるデザイナー、プランナーたちの机が並ぶセンターエリアへと引っ越した。

それぞれ開発チームに分かれ、シマができている。

えーと、席はどこ~?

きょろきょろしている私に、猛獣使いはあるシマを示した。

誰もいない大きな机が二つ、向かい合うように、だが離れて置かれていた。その間に普通サイズの机がちんまり配置されている。そこが私の席のようだった。

左側の机には、フォルダがズラリと並び、クリアファイルがちょっと突けば雪崩を起こしそうな勢いで山のごとく積み上げられていた。
以降「フォルダ峡谷&ファイルざんと呼ぶ。


右側の机には、電話以外何もなかった。


猛獣使いは、「、、、二人とも、、、いない。じゃ、あとで、、、ごにょごにょ」と何事かをつぶやきながらどこかへと急ぎ消えてしまった。

シマのメンバーが気になったが、午前中は特に忙しい時間帯だ。私は、得物である筆記用具やら伝票やらガムテープやらカッターやらをバタバタと引き出しに装填した。これで、バン、バンと敵(仕事)を片付けるのだ!

それだけで一仕事終えた気分で満足げに鼻腔を膨らませていると、フロアが騒がしくなってきた。

「もぉ、お久しぶりぃ~」







注:お手振りのイメージです。






「かなり、まぁるい何か」
が、並み居る社員にクィーンのようなお手振りと愛想をふりまきつつ、フロアに闖入していた。
猛獣使いが、そばにぴったりくっついている。

私の目は、その人物に釘付けになった。

なんかどっかで見たことあるような、ないような、、、。

そのまぁるい体躯はなにか生き物を想起させるのだが、その身を押し込んでいる包んでいるのが高級そうなスーツであることは分かった。

小股に内股に歩くその姿は、かの有名な探偵をも彷彿とさせる。



私はあの奇妙な夢を必死に思い出そうとしていた。何か動物が出てきたような、、、。

そうだ!カバ


そのまぁるいスーツのカバおじさんは、猛獣使いに誘われ、私の右側に座った。
すぐ目の前にいる私のことは、まるで目に入らないようだった。

「今日から僕、ここなのね。」

そう言うと、おもむろに受話器を取り、誰かとキャッキャッと楽しそうにおしゃべりを始めた。

「僕、戻ってきたのぅ、、、そ、ずっと、展示会、、、ま、しばらく、出されてたのよぉ

ちらっと私を見たような気がした。

カバおじさんの話は業務とは関係なさそうだったが、誰も何も言わない。

猛獣使いは、しばらくそんなシマの様子を見ていたのだが、

「あとでちゃんと紹介するから、、、。
yaokiさんの上司、小山係長です。」

そう言うと、またいずこかへと去って行った。

え?上司なんだ!


へぇーと思いながらも押し寄せてきた仕事を私は片付け始めた。

気が付くとおしゃべりに夢中だったカバおじさん、もとい小山係長の姿は消えていた。

同期とのランチから戻っても、やっぱりいない。(結局、その日は戻ってこなかった)

突如、

左側に気配を感じた。

フォルダの隙間から、

何か、見ている。


注:もちろんイメージです。


私は慌てて、立ち上がった。

本来であればフォルダ峡谷まで馳せ参じるのだが、阿呆は背伸びをしながら、かの方角へ、

「yaokiでーす。よろしくお願いしまーす。」

と挨拶した。
すると、鎌首をもたげ何かが動いた?ように思ったが、、、いつの間にかほっそりと色白で綺麗な女の人が、横に立っていた。

「橋爪係長です

通常の人間より何オクターブか高めに彼女はそう言うと、真っ赤な口元にニィ~と笑みを浮かべた。

私も「yaoki事務員です」と言った方がよかったかな?と一瞬戸惑ったが、もう一度、

「よろしくお願いします。」

と、頭を下げた。

すると橋爪係長が、より

距離を詰めてきた。


と、そこへ猛獣使いが慌てたように飛んできた。

「あれ、オサ、、、小山係長は?いない?えーと、じゃ、改めて、

と、なぜかけん制するような調子で言った。

すると橋爪係長は、瞬きもせず、笑みを張り付かせたまま、スゥ~とファイルざんの彼方へと消えていった。

なんか、、、変な感じ。

しかし、鳴り響く電話を片っ端から取次ぎ、夕方のタイムリミットまでに大量の発送物の梱包を済ませなければならない。
いつの間にか、そんな印象も忘れてしまった。

ようやくをやっつけ、そろそろ終業時間という頃、先輩たちが食事に誘ってくれた。

それまで何かしらの箝口令が敷かれていたのが、ついに解禁となったらしい。先輩たちは怒涛のようにしゃべりまくった。そこで、初めてカバおじさん、もとい上司の正体を教えてもらった。

彼の名は、「小山オサム」。
業界では有名なプランナーだった。

関西の大地主の息子で、絵に描いたようなお坊ちゃま。
幼少時から茶道を嗜み、美大では絵画を学び、洋の東西、ジャンルを問わず、芸術の世界に精通していた。

そして、美を創造する身として常ならんというべきか彼も、もれなく、

美食家のゲイ。


アートスクールでも夜の街でも、様々な職業かつ様々なセクシュアリティーの人々と遭遇していたので驚きはなかった。

が、以降PSで仕事をしていくうちに、いろんな意味での「すごさ」を目の当たりにし、ただの太ったカバおじさんでないことは、身をもって知るのである。




カバという動物は一見温厚そうに見えるのだが、、、実は縄張り意識が強く、怒ると怖い。実際、アフリカでは年間数千人がカバによる襲撃で亡くなっている。

こうして、上司オサムのことはバクッと分かったのだが、橋爪係長についても、もちろん先輩たちは教えてくれた。




世界最大のジャングル、アマゾンの奥地には人をも飲み込む大蛇がいるという。映画にもなったがその名もアナコンダ

シリーズ化されています。


私の左横にも1体、生息しているという

美貌のプランナー、橋爪係長のことである。

ぶっちゃけなんでも売れたバブル期の栄光を引き摺ったまま、どっかで見たような鮮度ゼロの商品を作り出すことに長けていた。

とはいえ、さる上層部の幹部ととっても仲が良いため、不良在庫の山が積み上がっても楯突く者がいない。

歴代の猛獣使いの仕事には、その名称と共に在庫の整理と無駄な商品開発の阻止も含まれたが、アナコンダにシューッと威嚇されるたび、減るどころかそれは嵩を増していった。

アナコンダ
幸い毒を持たない。全身これ筋肉なので、ターゲットをぐるぐる巻きにし、全身の骨をバッキバッキに粉砕すれば、飲み込みやすく咀嚼もいらない。とっても効率的なお食事方法で知られている。

yaokipediaより抜粋

こうして、獣2体に挟まれ、

私の本当の会社員サバイバル生活がスタート。


それは彼らにとっても新たな戦いのゴングが鳴ったことを意味したのである。


カバと大蛇は

天敵同士だった。




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