汚れのない悲しみに
9/27、本当は宇都宮に行く予定だった。
久々に母と姉に会い、一緒にご飯を食べていろいろ話す予定だった。
たぶん、私のことを心配して設けてくれたのだろう。忙しい合間を縫って月の初めに予定を入れて、ようやく手に入れた休みを使ってくれたのだろう。
そんな大事な予定を、すっぽかした。
正直、大した理由はなかった。ただなんだかわからなかったが、すごく精神的に病んでいた。
頑張れば行けただろうと、今になって思う。無理やり体を起こし、昨晩入り忘れた風呂に入り、雑な格好でもいいから身支度を整え、多少遅れてもいいから急いで電車に乗るべきだったのだろう。
でも、それをしなかった。一日中布団の底に沈んでいた。一度として起き上がった記憶はない。ただただ、スマホをいじり、寝て、またスマホをいじり、寝て、そんなバカの繰り返しだった。
母や姉からLINEが来る。理由も告げずに「今日いけない」とだけ残したのだから当然だ。母からの電話に出て、一言「どうしたの」と、重々しく、しかし心配とも呆れとも取れない、ただため息を形にしたような言葉だけが聞こえた。「病んでて動けなかった」と、こちらも一言だけ返すと、「あ、そう」と一言聞こえた後、数秒間をおいて電話が切れた。そこから私は寝た。ずっと寝ていた。
夜になって姉から電話が来ていた。何回もかかっていたのに気づかず寝ていて、数分前に呼び出しは終わっていたから、こちらから掛け直した。
姉が出て一番最初に言ったのは、たしか「何やってんの」だったと思う。いや絶対そうだ。俺が昔から何かやらかしたとき、姉ちゃんの一言目は必ずこれだった。
それから、ひたすら姉ちゃんの話を聞いていた。母がなぜ今日俺を呼び出したのか何を話すか、話した後何をするか、一日のわずかな時間をちゃんと考えて使おうとしてくれていたことを、ただひたすら教えてくれた。おれは「ごめん」としか言えなくて、ほかはずっと頷きも相槌もせず、電話が切れていないことを確認されるとき以外は、ただ黙っていた。
その話が終わって、姉ちゃんは聞いてきた。「母さんや父さんに何か思ってることはないの?」と。
私は大学で留年していた。ろくに大学もいかず、勉強もせず、ひたすら家でただ浅い眠りを繰り返し、たまにバイトや部活で外出し、親に心配をかけまくっていた。これで親が心配しないわけがない。せっかく浪人して入った大学で、愛情とお金をかけて大事に育てた息子が、見事放蕩息子になってしまったのではたまったものではないだろう。しかし、いっちょ前にプライドだけは高い私は、そんなことを周りの友人には言わず、ただ一人で静かに、楽に、迷惑かけずに死ねる時を待っていた。
「呆れられてんだろうな、期待されてないんだろうなって思われてると思ってる」
「それだけ?」
涙があふれてきて、嗚咽が混じってきた
「迷惑かけずに、死ねないかなって」
「そっか」
それからおれはボロボロ泣いた、泣き出した。ひたすら、ただひたすら泣いていた。姉ちゃんからはその後、「本当は期待してるから」「大丈夫、やればできるよ」「大事な弟なんだから死ぬなんて言わないで」と、決まり文句みたいな、こっちの事情なんて関係なく、どうせこう言われるんだろうなということばばかり言われた。わかりきっていたのだが、それを聞いて余計に泣いた。あつかましいだけに思える、だけど全力で寄りそってくれてるような、ことばを聞いて、泣いていた。
姉ちゃんは最後までやさしいことばをかけてくれて、しばらくおれは泣き止めなかったので、姉ちゃんは次の日仕事があったので、電話を切ってもらった。その後も、文字通り一晩中泣いていた。まだシャワーも浴びず、ごはんも食べておらず、その日はそのまま寝てもよかったが、姉ちゃんから最後に「ちゃんとお風呂入ってあったかいごはん食べて元気でいるんだよ」って言われたのを思い出して、無理やり動いた。シャンプーで髪を洗ってる時も最中も、お茶漬けを食べてるときも、ずっと泣いてた。たぶん、この日を一生後悔するのだろうと思って、母さんを思って、姉を思って、泣いていた。
いつ以来だろう、こんなに涙を流したのは。一人で映画を見て、いいシーンだなと思って数秒泣くぐらいのことはあった。だけど、嗚咽をもらし、鼻水を垂れ、床にシミができそうなほど、もう枯れ果てたんじゃないかと思うほど泣いたのは、本当に久しぶりだった。意地とかプライドとか、全部見えなくなるほど、思いっきりこみあげてきて、耐え切れずに泣いたのは、本当に久しぶりだった。こんなにきれいに泣けたのは、本当に久しぶりだった。
何で書こうと思ったのかわからないけど、とりあえず書きたくなったので書きました。これを書いて形として残すことで戒めにしようとか、贖罪のつもりだとかは一切なく、ただ書きたかったから書きました。今書いてるこの瞬間も思い出してボロボロ涙を流してますが、それをぶつけながら書きました。
母とは最後の電話以降まだ連絡が取れてません。自分が9/27の15:17に送った「ごめん」のLINEにもまだ既読はつかないです。本当に、本当に後悔してます。
私は1年の秋から学校に行かなくなり、去年単位が取れなくて留年しました。今年の春も全然取れてません。秋学期で進級要件を満たせなければ、また留年です。父には、もしまた留年すれば大学をやめるよう言われています。とりあえずこれから頑張り直す予定ですが、半年後どうなってるかわかりません。ただやれるところまでやろうと思います。全力で。それが自分を期待してくれてる姉と昨日交わした約束だったので。
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