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Mal de Amores

社会人3年目、数ヶ月、残業をする毎日が続いていました。毎日クタクタ。はぁ…溜息の出ない日がありません。

プルル…

お疲れ様、仕事終わったとこだよね?ちょっと話そ。

このところこの時間を狙ってタンゴ仲間のE君が携帯を鳴らします。私が日本橋から大手町までの一駅を歩く間、ちょっとだけ。この電話が私を仕事モードからオフモードに切り替えてくれる。大事な、ちょっと特別な友達になっていました。

 彼は普段は元気そのもの。でも時々突然体が言うことを効かなくなるときがありました。予兆なくやってくる不調に不安そうな顔を見せる彼に私はアブラッソを贈りました。
大丈夫。大丈夫。
タンゴ仕込みのアブラッソ。私の腕に魔法が宿ってることをこの時はまだ気がついていませんでした。

 二年ほど経って彼は新しい仕事をみつけました。夢が叶ったのです。その頃には元気になり、いつもみんなに囲まれる人気者になっていました。仲間たちと開いた壮行会ミロンガ。来てね!と言われて出かけたものの、少し遠い存在になっていた私は、ワイワイと人に囲まれた彼を他所目にタンゴに耳を傾けていました、Mal de Amores。赤ワインのグラスから不死鳥が生まれるような不思議な音楽。不思議と苦く美味しい名演奏。
 ねぇ踊らない?
いつのまにか隣にきた彼が私をフロアへ連れ出していました。お世辞にも上手いとは言い難いリード。でも我々にはいつも確かなコネクションがあり、常にコミュニケーションが成立していました。でもこの日はなんかちょっと…フラッとバランスが崩されて私は彼の腕の中で完全に身動きが取れなくなりました。
 愛してる
確かにそう聞こえ、コネクションの圧が微妙に上がるのがわかりました。私は何も言えなくて、ただ同じ圧を返すだけ。その言葉去年聞きたかったよ、遅いよ、私の腕はそう言っているのがわかりました。

 ぎゃー!

近くに来た人の悲鳴で我に返った私は
 あ、ごめん。シャツに口紅ついてない?
そんなことしか言えませんでした。
https://youtu.be/-NkBUPbBXjM

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