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実力主義は謙虚さを獲得できるか?

実力主義の弊害

このnoteを読んでいる君は、マイケル・サンデル著「実力も運のうち」をよんだことがあるだろうか?

知らない人のために説明しておくと、マイケル・サンデルとはハーバード大学哲学科の人気講師で、彼の授業はいつも満席になるそうだ。現在の哲学・政治思想の学問分野において、最も影響力を持っている学者のうちのひとりだ。NHKの「ハーバード白熱教室」を通じて、日本人の知名度もそれなりにある人物で、彼の著作が本屋で平積みされているのを見たことがあるひともいるだろう。そんな彼の最新作である「実力も運のうち」では、実力主義の極地であるハーバード大学の学生に対する問題意識がその根底にあった。

曰く、実力でのし上がったと思いこんでいる人たちは、自分たちが思いこんでいる程は、実力でのし上がっていない。曰く、思春期の学生たちは受験や就活の対策ではなく、学問的な思索にふけるべきであること。曰く、エリートほど自己責任論にのめり込む。曰く、選別に敗れたもの達のメンタルは深刻な状態に陥っており、絶望死の増加という形で社会を蝕んでいる。曰く、エリートたちが謙虚さを身につけることが肝要である。

対策

そんな感じの論旨が展開されているなかで、私は1つの記述に目を奪われた。それはマイケル・サンデルがエリートたちに謙虚さを与えるための一案として提案した、「くじ引き試験」である。要は、ハーバード大学の出願者たちに受験番号を与え、その受験番号の中から合格者をくじ引きで選ぶというものである。アファーマティブ・アクションのために与える受験番号の個数に差を設けたり、性格や知能のレベルで大学に不適格なものを何らかの基準で弾くことは必要になるだろうが、ハーバード大学に適格なものが「努力不足」の烙印を押されて不合格になることはなくなるだろう、と主張している。

期待される効果

1.教育費の減少による少子化の緩和

マイケル・サンデルが指摘しているのは欧米の大学入試の話だが、世界のどこであろうと、人材の高度化に伴って、競争が激しくなっている。特にアジア人は遺伝子的に不安を感じやすいからなのか、受験勉強の低年齢化が顕著だ。韓国の受験競争が日本以上に過酷なのは有名だし、中国も中学受験が加熱しすぎて、塾が禁止になった。このような事情を背景に、教育費の高騰が進み、子供を生むことを控えるインセンティブが発生しているのが、少子化の一因だ。「くじ引き試験」を導入すれば、従来型の大学受験対策を中心とした塾・予備校はなくなる。少なくとも、塾や予備校や難関私立中高一貫校に通うことを前提として、子作り計画を立てている夫婦は、格段に子供を生みやすくなるだろう。

2.自殺者数の減少

マイケル・サンデルは、能力主義の欺瞞を暴くために「くじ引き試験」の導入を提案したが、その背景には、アメリカで絶望死が増加して、白人男性の平均寿命が(先進国としては異例なことに)短くなっていることに起因している。絶望死とは、自殺、アルコール、ドラッグなどの原因による死亡を包括した概念だ。アメリカは自殺者数で言えば日本や韓国に比べて少なく、あまりアメリカ人のメンタルが深刻な状況にあるようには思えないかもしれないが、これはキリスト教の教義によって自殺がタブーとされていることが一因であると推測されている。そして、メンタルが落ち込みつつも自殺をしたくないアメリカ人が代替行為としてアルコールやドラッグに走るのであり、社会全体のストレスレベルを表す指標として、自殺ではなく絶望死の件数を追いかけたほうが実態に即しているといえる。そして、絶望死の件数を調べてみると、アメリカは日本よりも深刻であるといえる。その状態を解消する一案として「くじ引き試験」の導入を検討しているのであるから、自殺者数も減る可能性が高い。

3.研究力の向上

日本のエリート高校といえば、関東の御三家とか、関西だと灘とかが思い浮かぶかもしれないが、これらの私立エリートの高校はノーベル賞受賞者をいまだ排出していない。ノーベル賞受賞者の出身高校を調べてみると、全て公立高校であり、場所も全国に散らばっていて、割合地方が目立つ。この不思議な現象の原因は不明だが、もし受験競争の低年齢化によって早期のうちに勉強の目的が「学問的興味を追求すること」ではなく「テストで良い点数をとること」に凝り固まってしまうと、研究の分野においては長期的に見て不適合な人間に育つのではないか、という推測が立つ。ゆえに「くじ引き試験」を導入して、大学生以前の時期に、自分の興味関心を育てる教育を行うべきではないかと思う(もちろん「ゆとり教育」の反省を活かして、だが)。

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