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サラ・ポーリー監督『ウーマン・トーキング』(2022年)

男児A「死にたいなあ」
男児B「どうして人は死にたくなるんだろうね」
男児A「わからない」
男児B「渋い映画が好きだったよね?」
男児A「うん。あんまり軽薄なのは向いてないんだ」
男児B「じゃあサラ・ポーリー監督の『ウーマン・トーキング』(2022年)なんかどう?」
男児A「いま映画館でやってるやつ?」
男児B「うん。アカデミー賞の脚色賞を受賞した作品」
男児A「じゃあ観てみるよ」
(104分+αが経過)
男児A「ふう」
男児B「どうだった?」
男児A「長く感じた」
男児B「2時間には満たないけど、重いテーマだからね」
男児A「渋い色調の画面だった」
男児B「かっこいいレイアウトが多いから、緊張しながら観られるのは良いね」
男児A「ほとんど女の人ばかりだった」
男児B「読者のために内容について説明していい?」
男児A「うん」
男児B「ヨーロッパで宗教改革の時代、再洗礼派(アナパプテスト)というグループが生まれたんだ。その流れにはアーミッシュとかメノナイトとか、いまでも超保守的な生活様式を守っている宗派が属しているんだ。そのメノナイトの集落が、21世紀のボリビアにもあった。ボリビアは南米にある国。まわりの地域ではスペイン語が話されているけど、その集落では移民してきた当時のままドイツ語を使っていて、馬車が利用され、電気やテクノロジーは禁止されていたんだ」
男児A「21世紀なのに?」
男児B「そう。で、2005年から2009年の間に、集落の151人の女性や少女が、夜な夜な集落の男たちに強姦された。最年少は3歳、最年長は65歳。悪質なことに、彼女たちは牛に使う麻酔スプレーで意識を失わされていた。11人の男たちの犯行だと発覚して逮捕され、9人が収監されたけど、そのうち1名が脱獄した」
男児A「最悪だね。男に生まれて良かった」
男児B「男性や少年の被害者もいて、公式に発表されていないだけらしい」
男児A「……」
男児B「犯人たちは「幽霊の仕業」とか「女の妄想」とか言って、誤魔化していたみたい」
男児A「最悪」
男児B「その実際にあった事件を描いたノンフィクション小説があって、それを映画化してる」
男児A「迫力ある映画だった」
男児B「映画には直接的な暴力の場面は出てこなかったけど」
男児A「流血、出血の場面がいくつもあって、充分に怖かったよ!」
男児B「顔のあざもね」
男児A「痛々しくて、正視できなかった」
男児B「逮捕された犯人を保釈させるために、男たちが村から2日だけいなくなる。その短い時間を描いた映画」
男児A「赦すか、戦うか、去るか。シンプルな選択肢が良かった。出てくるヘタウマのイラストもオシャレで」
男児B「女たちが男たちと戦うことになる話だと思わなかった?」
男児A「それは思った。堂々と村を去るだけとは」
男児B「ほとんど会話場面ばかりだったけど、見応えがある」
男児A「メノナイトは非暴力主義なんだよ。女の人たちのなかに、「殺してやる」なんて言ってた人もいたけど」
男児B「気持ち、わかるな。そもそも先に暴力を振るわれた側だ」
男児A「敬虔なキリスト教徒の共同体だから、よけい衝撃的だったんだろうね」
男児B「服装も古めかしいしね。19世紀? 20世紀前半? と思ったよ」
男児A「まさか2010年とはね」
男児B「聞き覚えのある歌が流れてきたね」
男児A「セブンイレブンのテーマ曲!」
男児B「ザ・モンキーズが1967年に発表した『デイ・ドリーム・ビリーバー』。あの歌の非現実感はすごいなあ」
男児A「悪夢から目覚めたあとの白昼夢。映画に合ってるような浮いてるような」
男児B「日本人はCMっぽく感じるから、よけいに違和感を覚えるかもしれない」
男児A「ぼくはすごくいいっておもったよ。明るい希望を感じながら見終われる」
男児B「なにしろテーマが重たいから、清涼感を味わいながら見終われるね」
男児A「それにしても女の人ばかりだと、顔の見分けがつかない人もいるね」
男児B「うん、白人の顔はふだんなじみがないから、よけいにね」
男児A「去ったあとの具体的な生活設計とかの話がなくて、「これはなんで?」と思った」
男児B「神話的な印象の作品をめざしてるんだね。被害を受けた女性たちの堂々とした決意を描くという」
男児A「あちこち現実感がデフォルメされてる印象があったもんね」
男児B「無学なはずなのに、立派にディベートしているしね」
男児A「タイトルは原題どおり『ウィメン・トーキング』が良かったな。いつの時代からか、洋画のタイトルがカタカナばかりになったけど、英語がしょっちゅう変形されてておかしいんだ」
男児B「『女たちが語りあう』とか、ふつうに日本語タイトルでも良いのにね」

ウィメン・トーキング


男児A「ぼくは宗教2世だから、観てよかったよ」
男児B「悪の宗教的共同体を描いた映画と思った?」
男児A「うん」
男児B「でもこの映画では信仰心は批判対象でなくて、女の人たちの拠り所になっている」
男児A「そこは、ついていけないんだなあ」
男児B「日本は無宗教の人が多いし、腑に落ちない観客は多いかもね」
男児A「とりあえず、ぼくはこの映画を観て、死にたい気分が少し薄らいだよ」
男児B「それはどうしてなんだろう?」
男児A「ずっと対話シーンだけど、地獄めぐりみたいな映画だからさ。暗いトンネルを抜けた! という爽快感がある」
男児B「なるほど、渋い色調の画面はそれを狙ってるところもあるんだろうね」


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