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フィクションを書いてほしい


──今回はトナーさんのリクエストに応えていただきましょう。「「みんな水の中」の「小説風。」のようなお話が好きです。おもしろい と思います。読みたいです」「架空の主人公でフィクションで大丈夫です。(プライベートを晒す必要ないです~)(念のため)」

横道 ほんものの小説を書く予定はなく、そんなに興味もないのですが、小説のスタイルを使ったエスノグラフィーは魅力的だと思っています。

──『唯が行く!』は途中まで小説パートと講義パートが交互に進行していくスタイルでしたね。

横道 はい。そういうふうに小説プラスアルファの形になって、なにかおもしろい情報を伝えるというスタイルは、とても好きです。学研の「ひみつシリーズ」みたいな教材的なマンガが好きだったからかな。『みんな水の中』も詩っぽいパート、論文っぽいパート、小説っぽいバートと組みあわせましたが、書いていてワクワクしました。

──どうして純粋な小説のスタイルに惹かれないのでしょうか。

横道 小説というジャンルは、過大評価されてきたと思います。西洋近代になって、小説は文学というジャンルの王様のようなものにのしあがりましたが、それは地球人にとって普遍的な価値観ではありませんでした。私は西洋古代の対話編、中国の漢詩、イスラム世界の世俗的な詩、西洋の中世・初期近代の神秘体験談などのほうが、読んでいて小説というジャンルよりもずっとおもしろいです。小説で特に好きなのは20世紀前半の前衛的な作品ですね。物語が解体されているような作品群。あとはレトロなSF小説や怪奇小説。

──外国の文学が多い気がしますが、日本の文学作品では?

横道 日本の作家ではメタフィクションを作ろうという意識がある作家。だから日本人作家で好むツートップは大江健三郎と村上春樹なんです。

──筒井康隆なんかもお好きな気がします。

横道 筒井の実験精神はこよなく愛しています。文体は趣味性が低くて、読むのがしんどいと感じることも多いですが。

──宮沢賢治なんかはどうでしょう?

横道 宮沢賢治はSFで怪奇ですからね。もちろん好きです。青好みも共通しているし。人気がありすぎるので、好きだというのは、ちょっと照れてしまうのですけれど。「やまなし」とかオノマトペも天才的ですよね。「クラムボンはかぷかぷわらったよ。」

──発達障害の知見に照らして、それらの作家に対して、なにか特別に思うことは、あるのでしょうか。

横道 いま名前を挙げた作家では、大江と村上と宮沢には、自閉スペクトラム症の特性があると思います。筒井にはそれを感じませんけど。

──なるほど。どのあたりにそう感じるんでしょうか。

横道 村上と大江に関しては、もうすぐ400ページ以上ある分厚い村上春樹論を刊行するので、そちらをご覧ください。宮沢に関しても、別の企画で論じるつもりです。

──では、そちらをお待ちすることにしますか。ところで、いまはなにか小説のスタイルを使って本を書いているんでしょうか。

横道 一応は書きおわって、冬に刊行予定にしているものがあります。詳しいことは言えませんが、一冊全体を通して、ひとつの物語が進行するスタイルです。

──ほほう。でも、おそらくそれも純粋な小説ではなく、小説と別の何かを組みあわせているということなんですよね?

横道 そのとおりです。詳しいことは言えないのですが、ある人とペアを組んで、コラボレーションしています。

──それが誰なのか、またどんな内容なのか予想がつきません。とても楽しみです。

横道 画期的な本だということだけは、保証できます。

──ところで、さっき「怪奇小説」っていう言葉を出していましたね。それはどういうものなんですか。ホラー小説とは別物なんですか。

──基本的には同じものと言って良いかもしれない。ですが私は、現代的なホラー小説よりもレトロな味わいのものが好きなんですね。それを「恐怖」でなく「怪奇」と表現して、じぶんのこだわりをさりげなく表現しています。マンガでも80年代以降のホラーマンガにはそんなに興味がなく、60年代・70年代的な怪奇マンガに関しては熱狂的なファンなんです。

──横道さんのこだわりを「さりげなく」表現できていたかどうかはわかりませんが、そうなんですね。それで、そのレトロな「怪奇マンガ」のどこに魅力があるんですか。

横道 現代では内容が不謹慎と見なされ、再刊不可能なものが非常に多いんですが、逆に言えばやりたい放題で、スリリングなんです。現在の、より洗練されたマンガというジャンルでは失われた魅力が詰まっています。「こんなマンガもありだったのか」という「アハ体験」を与えてくれます。。

──「アハ体験」って久しぶりに聞きました。それで横道さんは、そういう魅力を「怪奇小説」にも見いだしていると。

横道 そうなんです。あと、そういう「怪奇」なジャンルって、マンガでも小説でも、キャラクターたちが精神疾患の問題に近い場所にいるんですよね。精神的に不安定だとか、発狂してしまうとか、躁鬱傾向を見せているとか、離人症的な幽体離脱が起こるとか、多重人格で苦しんでいるとか。作り手たちにも、発達障害のある人がだいぶ多かったんじゃないかなと感じさせます。
 私は発達障害を診断されるよりもずっと前から、じぶんの精神状態には特徴的な何かがあるぞとずっとモヤモヤしていたので、そういうものに関係するフィクションにどうしても関心が向かったわけです。古い怪奇マンガや怪奇小説を読んでいると、「精神医学的な問題は、当時の庶民のあいだでこんな受けとめ方をされてたのか」と勉強にもなります。

──なるほど。

横道 私はじぶんの文章を、基本的に怪奇マンガのような世界観を立ちあげるために書いている、という感覚でおります。

──そこに横道さんの文章の個性の一環があるわけですね。

横道 そのように自認しています。

──今回は黙っていようかと思っていたんですが、そんなに「怪奇」なものがお好きなら、これ言ってもいいかなって思ったんですけど......。言ってもいいでしょうか?

横道 なんですか、とつぜん。

──いや、言わないほうがいいかな。言わないほうがいいですか?

横道 ですから何を? 気になるから言って欲しいです。

──じゃあ言いますけど、横道さんはそもそも私のことを何者だと思っていますか。

横道 何者だと思っているかですって? それは私自身ですよ、もちろん。横道誠です。これはセルフインタビューなんだから、それしかありません。

──OKです。私が横道誠なのは正しいです。まちがっているとは申しません。ですが、正確には少し違っているんです。まず原理的なことを言いますが、「横道誠そのもの」と言えるのは、あなたですよね。横道さん。

横道 はい。そのはずですけれども。

──私はね。「じつはもう死んでしまった側の横道誠」なんですよ。

横道 えっ......。

──横道さん、あなたはこれから3日のうちに死んでしまいます。それも、聞いたこともないような惨たらしい仕方で、苦しみにまみれながらのたれ死んでしまいます。

横道 何を言っているんですか......。

──私はそうやって死んだ横道誠が、無念のために成仏できず、現世にさまよいでてきてしまった存在なんです。近未来で死ぬことになってしまった横道誠が、過去に出現したきている亡霊なんですよ。

横道 なんということだ。

ーーほんとうにひどい形でお亡くなりになります。こんなことは口にするのも残念なのですが。

横道 そいうのは困るんです。安らかに逝かせてほしいです。

──私もそのようにしてあげたいとは思うんですが、残念です。こんな死に方をするんだったら、もっと早くに命を絶っていたら良かったと思うはずですよ。

横道 そ、そんな。

──ということで、お楽しみになりましたか。

横道 えっ?

──怪奇マンガや怪奇小説がお好きだということですから、ちょっと楽しませてさしあげようと思ったんですよ。

横道 なんだって。なんてひどいことをするんだ!

──あれ? 楽しんでくれると思ったのですが。

横道 そもそもあなたこそ、私が何者だと思っているんだ。あなたはさっき、じぶんのことを「じつはもう死んでしまった側の横道誠」」だと言っていましたが、ほんとうは私のほうがもう死んでいるんですぞ。幽霊なんですぞ。

──どうも困ったことになってきました。今回はそろそろこのあたりで終わりたいと思います。リクエストの内容は、「横道誠が書いたフィクションを読みたい」だったのですが、こんな感じでよろしいでしょうか。


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