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ピーター・グリーナウェイ監督『コックと泥棒、その妻と愛人』(1989年)

女児「はあ、死にたい」
少年「たいへんそうだね」
女児「死にたくてたまらないの」
少年「そんなのときは映画を観るにかぎるよ」
女児「どんな映画がいいの?」
少年「きみの映画の趣味によって違ってくるよ」
女児「オシャレなのがいい」
少年「なら、ちょうどいいのがあるよ。ピーター・グリーナウェイの『​コックと泥棒、その妻と愛人』(1989年)」
女児「なんだか覚えにくいタイトル」
少年「レストランが舞台なんだ。レストランを経営する大泥棒が中心人物。この人に雇われてレストランで働くコックも登場する。でも話を引っぱっていくのは、大泥棒の妻さんと、この人と浮気をしているユダヤ人の学者の情事なんだ」
女児「まあ、なんだかおとなの世界ね」
少年「じゃあ、いまからテレビでご覧あれ」
女児「ふむふむ」
(124分が経過)
少年「どうだった?」
女児「おしゃれと言えばおしゃれだけど、けっこうグロかった気がする」
少年「絵画のような、演劇のような画面。オシャレだったでしょ」
女児「部屋の色調はオシャレだった。メインフロアは赤、厨房は緑、レストランの外は青、トイレは白。この演出はすてきだった」
少年「ヒロインが移動すると、なぜか部屋の色調に合わせて服の色も変わっていくんだよね」
女児「ワクワクしたわ」
少年「ちょっと子ども向きじゃない格好も多いんだけど」
女児「全裸の場面が多かった。ドキドキしちゃった」
少年「ところで大泥棒を演じていたのは、『ハリー・ポッター』でダンブルドアを演じたマイケル・ガンボンなんだよ」
女児「えっ、そうなんだ!? あんなDVおじさんが......」
少年「ずいぶん印象が違うよね。でもああいうヤクザな役も多いんだよ」
女児「へえ」
少年「衣装をデザインしたのはジャン=ポール・ゴルチエ」
女児「ゴルチエ......。オシャレ雑誌で見たような名前」
少年「部屋から部屋へと横に移動していく場面、幻燈を見ている気分がしておもしろいよね」
女児「全体として、上品だけど悪趣味という感じがしたわ」
少年「そうだね。独特のバランス感覚だ」
女児「でもなんだか嫌いになれない」
少年「泥棒DV男は、ずっと下品なことをマシンガントークしてたね」
女児「あれは正直、うざかった!」
少年「あそこまでやりすぎてくれると、ぼくはかえって感心しちゃったな」
女児「暴力がひどすぎて、萎えた」
少年「女の人のほっぺたにフォークをグサっと刺したり」
女児「拷問をして殺してしまったり」
少年「きわめつけは、人間の丸焼きを食べさせる展開」

おいしそう……なのか?

女児「あれは泥棒DV男がやらかしたんじゃないけど」
少年「そうだったね」
女児「そのあたりはネタバレになるから言わないほうがいいね」
少年「音楽もナイスと思わなかった?」
女児「うん、いまググったけど、マイケル・ナイマンっていう人が作っているのね」
少年「グリーナウェイ作品の音楽と言えばこの人なんだよ」
女児「なんだかずっと耳にのこる響きだった」
少年「ミニマリズムという様式なんだよ」
女児「どういう意味?」
少年「音の変化を最小限にして、同じパターンを反復するんだ」
女児「ふうん。私もそれ好きかも」
少年「最後の盛りあがりは、あの音楽もあって恍惚としてくるんだよね」
女児「硬骨魚って何?」
少年「硬骨魚はサメとかエイだよ。ぼくが言ったのは恍惚だよ」
女児「それそれ」
少年「うっとりってことさ」
女児「なんだか死にたい気持ちが薄らいだけど、うっとりしたからかな」
少年「それもあると思うけど、人間の死が創作物に消化されると、人の希死念慮を吸いとる力を持つんだよ」
女児「そういうものなんだ」
少年「グリーナウェイの映画を楽しめたなら、デイヴィッド・リンチの映画も向いているかもしれない」
女児「似てるってことよね」
少年「色彩感覚とかノリとか、どことなく似た質感はあるね。リンチはもっとフラッシュバックがすごいけど」
女児「へえ、見てみようかな」
少年「『マルホランド・ドライブ』、『インランド・エンパイア』、『ブルーベルベット』あたりがおすすめだよ」
女児「楽しみが増えちゃった」


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