「他者の声にならない声を聞く」ということ

今日は書籍「利他とは何か」第三章「美と奉仕と利他」より「他者のトポスへのまなざし」を読みました。これにて「利他とは何か」の第三章を読み終えました。一部を引用してみます。

自分は此仕事を遂行する事によって、一つの新しい平和の家を争いの京城に建て得ると信じている。自分は啻に、長く保存すべき作品を、保存すると云う正当な所置に仕事を止めず深く朝鮮の心に入り、いつかは開くべき蕾を、未知の友の中に見出したいと希っている。芸術の理解がその民族を理解する最も根本的な道だと云う兼々の信念と、芸術が国の差別を越えて、吾々を統合の喜びに導く力だと云う信念とを、具体化せねば止まない決心でいる。(『朝鮮を想う』)
これが柳の信念です。日本よりも先に韓国に「新しい平和の家」として民藝の館を建てた。まず彼は、他者をわかろうとしたのです。自分を語る前に、他者の声にならない声を聞こうとした。自らに美とは何かを教えてくれた朝鮮の文化に感謝を捧げるところから始めたわけです。(中略)民藝館とは、藝術によって国境を越え、他の文化、未知なる他者と出会う場所。そこで物を眺めることで、たとえいがみ合う者同士であっても心と心が結ばれ、平安を見出していくことができる、と考えていたのです。
柳宗悦にとって、人間の争いを食い止めるものが美でした。美は人を沈黙させ、融和に導く。さまざまなことについて対話し、その彼方に何かを見出していくというよりも、沈黙を経た彼方での対話ということを、彼は考えていたのでしょう。

「他者のトポスへのまなざし」と題された本節ですが、トポス(topos)とは「場所」を意味するギリシャ語です。第三章を執筆された若松英輔さんは、なぜ本節の題にトポスという言葉を用いたのでしょうか。

「まず彼は、他者をわかろうとしたのです。自分を語る前に、他者の声にならない声を聞こうとした。」

この言葉がとても印象的です。

「他者の声にならない声を聞く」とは、どのようなことなのでしょうか。声にならない声とは何でしょうか。

民藝運動を起こした柳宗悦さん(思想家、美学者、宗教哲学者)が、著書『朝鮮を想う』で述べた「芸術の理解がその民族を理解する最も根本的な道だと云う兼々の信念と、芸術が国の差別を越えて、吾々を統合の喜びに導く力だと云う信念」という言葉に注目してみたいと思います。

「芸術の理解がその民族を理解する最も根本的な道である」という柳さんの信念について、私は「そうかもしれない」と思いました。

「美しさは直接的に心に訴えかける」ことが鍵であるように思いました。

何かを観る、聴く、感じるなどの直接的体験を通じて「ああ、美しいな」という感情は誰かから強制されるわけでもなく、自然と湧き上がってくるものであるはずです。

もちろん、芸術作品が生まれた背景は様々あるでしょう。どんな背景であれ作品の向こう側には作品を作った人の存在があります。コンピュータによるアート作品だとしても、そのプログラムを作成した人の存在があります。

その人が作品について何も語っていないとしても、私たちは作品に向かい合うとき「何を伝えたいと思ったのだろう」「この人はどんな景色が見えているのだろう」などと考える前に、自然と作品からにじみ出る「その人らしさ」を直観しているように思います。

にじみ出る「その人らしさ」というのは、生まれ育った環境、出会った人、学んだことなど、その人が歩んできた道のり、そして、その作品を作る瞬間の感情や衝動など、様々な要素が融け合ったもの。

「なぜ本節の題にトポス(場所)という言葉を用いたのか」と、あらためて考えてみると「野菜や果実が実る土壌のように、その人をその人たらしめた場所・環境に想いを馳せてみてはどうだろう?」という問いかけのように感じられます。そして、にじみ出る「その人らしさ」が「声にならない声」ではないか、と思いました。

「柳宗悦にとって、人間の争いを食い止めるものが美でした。美は人を沈黙させ、融和に導く。」

あわい(間)に生じる利他という現象は、個々人の真実として自然と湧き上がる「美しい」という感情に由来しているのかもしれません。「美しい」と感じるとき、意識しようとしまいと「ありがとう」という感謝の気持ちが自然と湧き上がっているのではないか、と。

「利他」や「融和」という言葉だけを取り出すと、とても強く感じられて、距離をおきたくなってしまう自分がいます。

ですが「それは美しいだろうか?」と問いかけることなら、自分でも始めることができそうです。

いわゆる「見た目の美しさ」だけに過度にとらわれるのではなく、柳さんが大事にした「用の美」つまり「実用の中にある美」に意識を向けてようと。

そして、「その人は何を美しいと感じるのか?」ということにも、意識を向けてみようと。

「利他とは何か?」という問いは私にとって非常に奥深く、この先も深掘りしたい大事な問いになりました。

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