カメラのレンズの「向こう側」に広がる景色。景色が含む空気感、躍動感、力強さ、美しさ。たしかに惹きつけられる何かがある。
そして、レンズの「向こう側」に対して、レンズの「こちら側」には実際にその場の空気を体感し、景色を目にしている「誰か」がいる。
その意味で、写真とは「レンズのこちら側(人)と向こう側(景色)のあいだの共鳴、相互作用」と捉えることができるのではないだろうか。
もう少し広げてみると、主観と客観、主体と客体、つまり「主客」への問いにつながる。
日常生活の中で「物事を客観的に捉える」というけれど、では「客観」とは何だろうか?
Wikipediaによれば、客観性は「個人的主観から独立して真である」と定義されているけれど、では写真に映る景色というのは「客体」なのだろうか。
写真に映るスナップショットとしての景色は物理的には確定した色を放っているのかもしれない。けれど、それを受け取る人にとってその色がどのように映るのかはその人の色覚によるから「誰が見ても同じ」ではないだろう。
そう考えると、「写真」というのは、写真に映る同じ対象を目にしながら、その受け取り方の多様性を再認識するものなのかもしれない。それは人と人の受け取り方の差異もあれば、その人自身が出会う状態・タイミングによる差異も含まれるかもしれない。
「主客」というのは「あちらとこちら」という二項対立的な関係というよりもむしろ「あちらとこちらの間」であり、あちらとこちらを包摂する概念として捉えたほうが良いのかもしれない。