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どう振舞うかを選択する(ハリー・ポッターについて語りたい)

年始からNetflixでハリー・ポッターシリーズが見れるようになっている。
僕の人生の中で、何度も読み、何度も観て、最も愛している作品の一つだ。
当然、今も観返している。

原作でも映画でも、登場人物の人生観にかなり濃く触れることができる、ファンタジー作品の中でも珍しい作風だと思う。
マグル(作中で「人間」を指す表現)と魔法使いの世界は隔絶されており、マグルには魔法使いの世界の存在を知られてはならない。
しかし、魔法使いの学校であり、本作の主な舞台であるホグワーツにはマグルの生徒もいる。
しかし、魔法使いの中にも、「マグルと魔法使いには大きな違いはない」と考える人と、「魔法使いは魔法使いの世界の中で生きるべき」「魔法使い同士の血統を重んずるべき」と考える人とがいて、差別的な考えも存在し、登場人物の数だけ主義や思想が存在する。
魔法や魔法生物というファンタジー要素ありきの世界でも、登場人物は非常に「人間臭い」作品なのだ。

初めて読んだ小学生の頃は「魔法使いっていいなあ!」という純粋な憧れが強かったが、この歳になってこの作品に触れると主人公のハリー・ポッターを取り巻く大人たちの人生観に強く心を動かされる。
自分がこのハリー・ポッターの世界にいたらどんな人物だろうか。
自分がホグワーツで学ぶとしたら、どこの寮に入ることになるだろうか。
そんなことを考えるのも面白い作品だ。
ちなみに僕はクィディッチの選手になりたいなあと感じる。

僕が好きなシーンが第五作、不死鳥の騎士団にある。
ハリーとヴォルデモートとの間に特別なつながりがあり、その影響でハリーは時に悪い感情に囚われてしまうことに悩む。
自分も、ヴォルデモートのように悪の魔法使いになってしまうのではないか、と。
そのハリーへ、彼の名付け親であるシリウス・ブラックがこんなことを話す。

I want you  to listen to me carefully, Harry.
You're not a bad person.
You're a very good person who bad things have happened to.
You understand?
Besides, the world isn't split into good person and Death Eaters.
We've all got both light and dark inside of us.
What matters is the part we choose to act on.
That's who we really are.

世界は、簡単に良い人間と悪い人間に分けられるものではない。
誰しもが自分自身の中に光と闇を抱えているのだ。
問題は、どう振舞うかをどう選択するかだ。
それがその人物が「誰」であるかを決める。
そんなようなことを話す。
そして、似た話をダンブルドアもハリーに話していた。

これは、魔法が存在しないこの世界に住む僕たちにとっても大切なことだ。
自分自身が誰なのか、何者なのか、それを決めるのは、どう振舞うかをどう選択したかによって決まる。
肩書や生まれは関係ない。どのように育ったか、も。
ただ、自分がどのように生きるかで、自分が誰なのかが決まる。
そう考えることで、おのずとどう生きるべきかはわかってる来るだろう。

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