日本のこれから

日本は縄文時代くらいにその原型ができて農耕による富の発生で貧富の差が生まれて富を持つものは権門の原型となった。
文明の利器が新しく生まれて新しく生まれた権門もあり、日本社会は際限なく権門が生まれては消えて、現代に存在する多くの権門がある。
黒田俊雄が提唱した権門の3類型、寺社家、公家、武家の他に文明の利器の発明で新たに富を生み出した権門たちは第4類型の職能家と呼んだ方がいい類型のものである。鉄道会社、メーカー、総合商社などがその第4類型である。
公家の中に天皇家もある。
令和が終わるまでに天皇家のあり様が大きく変わると見られる兆候がある。
万世一系説を公式見解とする日本政府は天皇家に関しても万世一系説を基本としている。
日本書紀は万世一系説の書物である。
だが日本の姿を研究したものを管見の限り調査すると、日本の天皇は研究では万世一系説を否定されており、日本書紀も皇室と藤原氏の王朝の正当性を主張するための書物の色彩が濃いという見解がある。
コロナ禍で顕著となった日本社会の変化は、日本が長く営んできた複数の権門の利害調整で行われてきた社会のあり様も変えてしまった。
日本のこれからには民族門地宗教職能が多岐にわたる無数の権門の集積体となっていく傾向が強まり、権力を握っていた旧来の権門の中に消えていこうとしている権門が見られる。
権門とは財力、政治力、生産力、軍事力を有する集団のことをそう呼ぶ。
中世文書にいくつも権門の記述があることから黒田俊雄が中世の国家と天皇で提唱した権門体制論がある。権門という用語が示す概念である権勢をもつ有力な家というものに着目すれば弥生時代や古墳時代にも原型が見られ墳丘墓や前方後円墳を作っている。そして新たな文明の利器の発明で富を集めた新しい権門も生まれて現代にある。鉄道、自動車、ITなどがそれである。
これからの日本では黒田俊雄の提唱した権門のうちの寺社家の権勢は下降線をたどり、公家と武家は表立って消滅してその主体のみが残り、提唱しなかった新たに生まれてきた職能家の力が大きくなっていく。
そんな中で令和が終わるまでに天皇家のあり様が大きく変わるとみられる。存続させようとする勢力となくそうとする勢力との拮抗からそのパワーバランスの上に長く存続していた天皇家の担い手が減少してきており、皇室典範のあり方を令和のうちに決めねばならなくなるだろう。
新たに生まれてきた権門の中に大和民族以外の民族由来の権門が今後増えて、外国人と呼べなくなってきて帰化もせず日本社会に存在していくとみられる。
日本は大和民族だけの国でなくなっていくのかもしれない。そんな状況でも無数の権門は存在していくのであろう。