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1970年代アメリカで、なぜ自己告白的なシンガー・ソングライターの輩出が起こったのか

音楽文化論の聴講[第11回]
1970年代 | ロックの商業化 米国での「ロック」の多様化 英国でのプログレシブ・ロックとハード・ロックの誕生

●大学の音楽文化論の授業の11回目は、「音楽メディアとしてのレコードとロック・ビジネスの巨大化について理解」し、「ロックの多様化を知識と多様な曲の視聴によって理解」するというものです。

●レコードはポピュラー音楽の歴史の中で、長い間に渡って主流であった物理的なメディアであり、1960年代以降のロックの普及に最も貢献したメディアでした。

米国における音楽の主要な物理メディアの最盛期
SPレコード 1900〜1955年頃
LPレコード 1950〜1990年頃 ひとたび落ち込んだものの、近年少しずつ売り上げが伸びている
カセットテープ 1980〜1995年頃
CD 1985年頃〜現在 しかし近年売り上げが落ち込んでいる

1964年には全米でのレコード売り上げが7億ドルだったものが、69年には2倍を超える16億ドルにレコードビジネスが急成長し、その売り上げ増大にはLPレコードが貢献したことが、アメリカレコード協会によるメディアごとの売り上げデータベースからも読み取れます。

RIAA(Recording Industry Association of America)のデータベース

●1950年以降、音楽産業の拡大とともに進展・普及したポピュラー音楽は、ロックの時代を迎えてもビジネスと密接に関わり、革命・反抗・解放の思想をはらむロックの出現の一方で、ロック・ビジネスの巨大化が進行したことが示されました。
ウッドストックの「無料化」、グレートフル・デッド、ジェファーソン・エアプレーン等による無料コンサートなど、カウンター・カルチャーを背景とした反商業主義的な音楽革命という指向が消滅し、1970年代にはロック・ビジネスが巨大化します。その代表的なプロモーターとして「ロックを創った男」と呼ばれるビル・グレアムが紹介されました。

●1970年代のアメリカは、ベトナム戦争の終結、過激な社会運の鎮静化の一方で、社会不安・経済不安の時代。その結果、激動と抵抗の60年代とは正反対に、70年代にはノスタルジー・ブームが起き、社会不安が人々を過去の郷愁に向かわせたと示されました。

●ロックの多様化と成熟を示すものとして、シンガー・ソングライターの躍進が挙げられ、自己告白的なテーマへと歌詞が変わってきたことが指摘されました。代表的なアーチストは、ジェームス・テイラー、ニール・ヤング、ジョニ・ミッチェル、ジャクソン・ブラウン。なおこうしたシンガー・ソングライターの流れに加え、ティン・パン・アリーの系譜、ピアノ・ロックンローラーの影響を併せ持つアーチストとして、エルトン・ジョン、キャロル・キング、ニルソン、ランディ・ニューマンが紹介されました。

●また伝統音楽の再発見として、後期バーズ、ザ・イーグルス、グラム・パーソンズ、ポコ、フライング・ブリトー・ブラザーズらによるカントリー・ロック、ザ・バンド、レオン・ラッセル、クリーデンス・クリアー・リバイバル、オールマン・ブラザーズ・バンド、レイナード・スキナード、リトル・フィートらによるサザン・ロック、これらの潮流が示されました。

●一方で同時期に英国で誕生したとして、ハード・ロックが取り上げられました。
ブリティッシュ・インヴェイジョン期に、ロックンロールに内在していた黒人音楽要素を推進する動きの中で、ブルースの要素を取り上げるブルース・ロックのミュージシャンが続々と登場したこと、この系譜が甲高い発声とシャウト唱法が特徴的なヴォーカル・スタイル、大音量による歪んだ音色で長いソロ演奏をするギター奏法を盛り込んだハード・ロックを誕生させ、これは米国にも波及したと指摘されました。
英国のバンドとしては、ナンブル・パイ、ジェフ・ベック・グループ、レッド・ツェッペリン、ディープ・パープル、ブラック・サバス、クイーン等、米国のバンドとしてエアロ・スミス、キッス等が挙げられました。

●またピンク・フロイド、キング・クリムゾン、ムーディ・ブルース、イエス、エマーソン・レイク&パーマーなどによるプログレッシブ・ロックも英国で誕生しています。ピアノ、オルガンのほか、当時の最新鋭楽器だったシンセサイザーの多用、クラシック、ジャズ、現代音楽、民族音楽などと自身の音楽の融合、高度な技術を要するリズムやフレーズの使用、長時間のインストルメンタル曲を収録するコンセプトアルバムの制作などに共通する要素を見出すことができるとされました。

●1970年代のアメリカで、なぜ自己告白的で内省的な歌詞を特徴とするシンガー・ソングライターの輩出が起こったのか、この点に長く関心を持って来ました。
ロック史的には、他者に向けメッセージを発信する60年代的な態度への虚しさや反動が、70年代の内省的な歌詞の作風を招いたとする説明が行われて来たように思います。

アメリカ現代史を扱う研究者の方達は、60年代から70年代への社会の変容、さらに文化の変容をどのように捉えているのか、手元の本を確認してみました。

"六〇年代から続くカウンターカルチャーが一定の成熟をみせ、ある程度その理念が社会に受け入れられていった時代"である一方、1970年代を"アメリカ経済の停滞と変質を抜きには語れない"としつつ、"一般に「社会的なもの」への知的関心は薄れ、その結果、七〇年代の批評家、トム・ウルフが「自分時代(Me-Decade)」、クリストファー・ラッシュが「ナルシズムの文化」と呼んだような内向的な個人主義が猖獗を極めた"と中野耕太郎氏は述べています(中野耕太郎「20世紀アメリカの夢」 岩波新書 2019)。
猖獗とは悪しきものがはびこることを指す言葉ですので、中野氏はこうした傾向を好意的には捉えておられないのでしょう。

政治学者ロナルド・イングルハートの著書「静かなる革命」(1977)を踏まえつつ、"当時の社会の底流に生じていた長期的かつ根本的な価値観の変化を「物質主義」から「脱物質主義」"とする古矢旬氏は、"六〇年代の対抗文化や擬似革命的な種々の社会運動の荒々しさや騒々しさとの対比を意識したタイトルが示すように、この価値観の転換こそは、その後長く根本的に社会や文化の方向性を規定してゆくであろう「革命」にほかならないとイングルハートはいう。長期の世論調査の裏付けにより、同書は「豊かな社会」が生み出した未曾有の繁栄の結果、人びとの価値優先順位が経済的な安全や利得を重視する物質主義から、無形の精神的価値を重視する脱物質主義へと変化したことを実証している"としています。(古矢旬「グローバル時代のアメリカ」 岩波新書 2020年)そして"「黄金時代」は経済だけではなく、人びとの社会観や価値観や道徳倫理をも大きく変容させたといえよう"と述べ、1970年代を"精神的な価値に焦点を当てた社会運動や集団行動が目立つ時代が到来した"としています。

「内向的な個人主義」の評価をともかくとすれば、中野氏も古矢氏も1970年代を「静かな時代」だったとする点において、共通する認識を示しているといえるように思います。

●シンガー・ソングライターの輩出は、70年代アメリカ社会の動向と無縁ではないと、授業での説明がありました。「静かな時代」を迎えた70年代アメリカと響き合うようにして、「静かな音楽」を携えるシンガー・ソングライターたちが輩出したことは、アメリカ社会の変容と無関係と言い切れないものを感じます。古矢旬氏は、国際経済学者のマルク・レヴィンソンの言をひいて、70年代のアメリカを、"繁栄のぬくもりが冷たい不安感と衰退の予感にとって代わられた"転換の時代としています。アメリカの"豊かさのゆらぎ"が始まった70年代という時代に、シンガー・ソングライターの登場が重なったといえるのかもしれないと思いました。

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