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お彼岸とはなんぞや

毎年飽きもせずぼた餅、お萩論争を巻き起こすお彼岸。

墓参りに行くことは知られているものの、その実、お彼岸の何たるかは知らない者の方が多い。

彼岸(ひがん)とはあの世の事。
我らが生きる世界を此岸(しがん)という。
この彼岸と此岸が最も通じやすいのが太陽が真東から昇って真西に沈む春分と秋分だとされている。だから墓参りに行って、故人を身近に感じながら先祖供養を行いつつ、己も死後は彼岸に行けるように祈念するのがお彼岸である。

そもそもどうして「彼岸」というのか?

般若心経の一説でよく知られる般若波羅蜜多(はんにゃはらみた)。この「波羅蜜多」は元々、サンスクリット語の「パーラミター」を漢語にしたもので、成就や完成を意味する。仏教で目指す成就や完成は悟りだ。
悟りの境地に達すると迷いや苦しみ、欲だらけの輪廻から解脱するとされる。パーラミターとはこれを指す。

ここまでは仏教全体の考えだろう。

そんな教えが自然崇拝や先祖崇拝が根付いた日本に渡ってきたのだ。日本人が得意な独自の観念で掘り下げやそれに基づく宗教の改変をしない訳が無い。
俗っぽく言えば、独自価値観による二次創作だ。

多くの日本人には誰ともなく教わった、死ねば三途の川を渡る、というそれとない通念がある。
そして、悟りを開いた死後の世界にこそ、欲も苦痛も迷いも苦しみも無い世界が広がっていると教わった昔の日本人たちは、その川の向こう岸、いわゆる「彼岸」こそが楽園であると認識した訳だ。

そこに春分と秋分の神秘性を絡めて、この時期は彼岸と此岸が最も近くなる時期と考えたため、先祖や故人が悟りの世界に無事に辿り着くように、そうしておいて自分自身もその世界に行けるようにと願い始めたため、春分と秋分前後3日を「お彼岸」と言うようになった。

というのがお彼岸の起源として伝えられる一説である。

そんなお彼岸にぼた餅やおはぎを供えたり食べたりするのは、仏教伝来以前より豊穣祈念や感謝の祭りが同時期に行われていたため、自然崇拝として田畑の神に捧げていたものを先祖にも供えた事がきっかけでは無いかと思われる。
これは何の調べもない独自の考察だが。

そしてこれは蛇足だが、牡丹が咲くころに訪れる春の彼岸にはぼた餅と呼び、萩の花が咲く頃に訪れる秋の彼岸にはおはぎと呼ぶのだが、どちらもあんころ餅に変わりない説を推しておく。

月見も良いが、日本独自の慣習であるお彼岸も忘れずに。

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