②大沼は百貨店なのか?
今回は何とも批判を受けそうなテーマを持ってきました。
山形市で破産した「大沼」は百貨店なのか。
直接、中心市街地の活性化という話につなげられるかは微妙なテーマではあるが、ぜひ話を聞いて欲しい。
そもそも「百貨店」とは何か。
Wikipediaには「売場面積が1万5千平方メートル以上あるか」というのが日本百貨店協会の加入基準と載っている。実はこれだけである。
加えて、世間的に百貨店と名乗るためにはこの日本百貨店協会に加盟していなければならないらしい。(加盟せずに百貨店を名乗る会社もある)
加盟金の有無はありそうだが基本的には広さだけが条件である。(これなら郊外の大型商業施設も百貨店と名乗ることができるのでないか。)みなさんも大沼さんの跡地を利用してしまえば明日にも百貨店を開くことができますよ。
今回は「大沼は百貨店なのか」というテーマでしたが、もちろん協会に加盟していたので百貨店で間違いありませんでした。
これであっさり解決・・・では終わりません。
定義的な話をしたところで本題です。
山形市の中心市街地グランドデザインを読んでいると面白いものを見つけました。
(山形市ホームページより)
市民が中心市街地へ行く目的の大部分が「買い物」という結果が出ています。
さらに必要だと思える施設でぶっちぎっているのが
百貨店・専門店
もうこんなの突っ込まざるを得ないでしょう。さっきも書きました。大沼は百貨店なんですよ。専門店も入っていたんですよ。
意味がわからないと思っていると、次にはこんな調査結果も・・・・
(同じく山形市ホームページから引用)
見てほしいのは上段1番右のグラフ使用金額の状況。使用する金額五千円未満が60%超となっている。不況もあったから何とも言えませんが、少なすぎませんか。ほしいものが買えないからお金を使わないのか、お金を使わないからお店がなくなるのか・・・どちらが先かはわかりませんが、なかなか百貨店で使う金額ではないので、あまり利用されていなかったと推測したい。
あんまり書くと知識の薄さが露呈するので、今回言いたいことをまとめます。
山形市では「百貨店・専門店」が必要とされつつも、大沼百貨店は無くなってしまった。
つまり
大沼百貨店は、市民からしたら百貨店ではなかった。(定義ではなく役割として)
もし山形市民のほとんどが「大沼は間違いなく百貨店だ!」と声をあげようものなら、「ではなぜ百貨店を必要だと思っていたのか」、「必要なお店をなぜ利用しなかったのか」、と聞いてみたい。(ゼロではないけど少数派なのではないか?)
もし大沼が百貨店としての機能を果たせていたのであれば、販売戦略やPRがうまく機能していなかったという別の分析を進めなければならないだろう。そして、百貨店が本当に中心市街地の活性化に一役買うのかという点も今後注視しなければならない。
いろんな資料を集めたらしながら、次回は違う視点で考えてみたいと思います。
余談ですが、日本中の百貨店の皆さん、山形市では百貨店が市民に熱望されているのようなので、進出を検討してみてはいかがでしょうか。どれぐらいのお金を使ってもらえるかはわかりませんが、検討の余地はあるのではないでしょうか。
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