金沢おでんの真の主役は?

「金沢おでんと言えばカニ面だよね」
そんな言葉を観光客から何度も聞く機会がある。自分はこの言葉に違和感を覚える。と言うのも自分が今まで家庭で食べていたおでんには一度もカニ面が入っていたことはないのである。そもそもカニ面に使うズワイガニの雌香箱カニはズワイガニでも食べられる季節が短く旬の物が食べられるのはせいぜい二か月弱くらいしかないのである。自分の家で香箱ガニが手に入った時はおでんにカニ面で入れるなどと言う発想はなく茹でてそのまま食べるのが普通の食べ方である。おでんの具材で入れた事は一度もない。
 そもそもカニ面は石川、金沢なりの家庭のおでんには高すぎるのである。と言うのも香箱ガニのカニ面を金沢のおでん屋さんで食べようと思ったら千円から千五百円ほどかかるので個人的な感想としておでんの具材の価格帯ではない。それを金沢のおでんのエースに担ぎ上げてしまうことに甚だ疑問すら覚えてしまう。
 県外の人達には金沢の家庭のおでんには必ずカニ面が入っていると勘違いしている人もいるかと思うが、それはおそらく誤解であり、家庭のおでんには余程裕福な家庭じゃないと入っていないと思ってしまう。普通ならそのまま茹でて食べるのではないか。カニ面は金沢の家庭のおでんの具材ではない。カニ面が食べられるのはおでん屋さんだけである。今カニ面が金沢おでんのシンボルのような位置づけにはあまり理解が進まない。
 自分が考えるにはカニ面は金沢のおでん屋さんで生み出されておでん屋さんなりのカニ面の調理方法、食べ方なのである。要するにおでんの具材としてのカニ面ではなく、香箱ガニをおでんに入れた時のおでん屋さんなりの調理方法なんだろうと考えてしまう。言わば最初から香箱ガニカニ面はおでん全体よりも高価な食材であり、おでんがカニ面に合わせるイメージだろうか。
 自分が思うに金沢おでんの真の主役は大根と麩であると思う。大根に関しては金沢には古くから栽培されている野菜が十五種類ありその中に源助大根と言う大根がある。この源助大根柔らかいが煮崩れしない肉質と甘みが特徴でおでんには最適で金沢の家庭のおでんは大抵源助大根である。大根は全国どこでもおでんの主役みたいな存在でこのおでんに最適な大根があったから金沢でおでんを食べる文化が発達したのではないかと思ってしまう。
 もうひとつ麩は金沢には車麩と言う昔から伝わる麩がありその麩の配分は石川独特のものようで小麦から取り出した小麦たん白(グルテン)を長い棒に巻いて直火で焼きその上に再びグルテンを巻いて焼くことを二回繰り返した焼麩でこの車輪のような形状の場合おでんの出汁が染み込みやすくおでんには最適の具材になる。
 この大根と麩の二つのおでんの具材は値段が庶民的で手に入りやすく大抵の金沢の家庭のおでんには入っている。金沢でおでんを食べる文化が発達したのは源助大根や、車麩と言った庶民的な食べ物の美味しさのレベルがおでんに適していたからだろうと思う。家庭で食べる文化があってこそのおでん屋さんが盛んになるベースになり今の金沢おでんにつながったのだろうと感じるのだ。
 昨今金沢を取り上げるテレビなり雑誌なりで金沢おでんを取りあげる時必ずと言っていいほどカニ面ばかりが脚光を浴びるが、個人的には香箱ガニ、カニ面は最初からスターであっておでんじゃなくても十分食材として価値がある。カニ面がおでんに合わせているのではなくおでんがカニ面に合わせているのだろうと感じるのである。香箱カニはおでんの具材にしなくても普通に茹でて食べても普通においしい。家庭の目からすればカニ面は贅沢な香箱ガニの食べ方なのだろうと感じる。
 その一方源助大根と麩は昔から金沢の家庭のおでんで食べられており、金沢市民にもなじみ深い。大根は全国どこのおでんでも入っており、大抵の人はおでんを食べる時大根から食べるだろうと思う。金沢おでんのポイントの高さはこの源助大根のおでんに対する適応能力の高さにあり、それを金沢おでんを支える重要なベースになっていると感じる。車麩もそうだ。金沢の伝統的な製法で作られた麩だからこそおでんの出汁が染み込みやすくおでんには最適の具材になる。要に金沢おでんの力とはカニ面だけではない。おでんに最適な源助大根が生まれた風土、伝統的な製法で作られた麩がおでんに最適だったからこそ金沢でおでんが盛んになったルーツになったと思えるのである。
 もし県外の方が金沢に来る機会があり金沢で名物のおでんを食べようと思っている人がいるならカニ面ばかり注目しなくてもいいのである。先日金沢市街を歩いていたらカニ面が売り切れていたと落胆していた観光客を見かけた。それはそれで残念かもしれないがそんなに落ち込むことではない。大根と車麩を食べても十分金沢おでんを味わえるし、それが本来の金沢おでんの姿なのだろうと思うのだ。カニ面だけが金沢おでんではない。これは全国どこでも言えるのだが地元の普通の食文化に触れることも観光の一つの醍醐味と言えるだろう。

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