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時は流れて現在の私 3

現在はすっかり年寄りになりながら、見出し写真のような仲間にも恵まれ、音楽を作りながら、比較的安穏と余生を送っています。比較的安穏?いや、実はそう書きたかっただけで、実際にはちっとも安穏ではありません。何がどうして安穏でないかというと、そのへんの詳細は書かないでおきますね。

表題は「現在の私 3」です。だから、最近の私の事を書きたいわけです。今日、どうしても書きたくなった記事でして、たくさんの人に読んでいただけると嬉しいです。主な内容は、最近の私の頭に流れている記憶の映像が、ある特定期間の記憶ばかりということです。なんか不思議な感覚です。

どういう特定期間かというと、小学校時代と中学校時代。もちろんその他の期間の記憶も、少々は思い出したりします。でもそれも優先順位があり、自分にとって最初の記憶である2歳から3歳くらいの時の記憶から小学校までの記憶は、よく思い出し、高校時代以降の記憶は、あまり思い出しません。

結論を予測すると、生きているのが嫌でなかった、言い換えれば、それなりに楽しかった時代の記憶ばかりを、思い出しているような気がします。意図して思い出しているわけではなく、ふと気が付くと、その時代の映像が脳内を流れているんです。高校時代以降の映像は、流れていないんです。

そりゃあ幼少期にだって辛いことはありましたが、今考えれば、なんということもない「よくある嫌なこと」が多く、あるいは「きわめて稀有で悲惨な出来事であることを認識できないでいただけ」なのかもしれません。ともあれ、高校時代以降私を襲った「信じられない嫌なこと」ほどではないです。

私の高校時代は暗黒の3年間でした。どう暗黒だったかは書かないでおきますね。大学時代はその3年間から解放されて、楽しい4年間になるはずでした。が、さほどでもありませんでした。そして就職後は、信じられない地獄が待っていました。本当に「信じられない」という形容がぴったりの。

まあ学生が学生を卒業して就職すれば、それなりに苦しい出来事が待っているわけですが、少なくとも私には、少々の我慢で乗り切れるような苦痛ではありませんでした。詳細は書かないでおきますね。ともあれ37年間続いた就職生活も終わり、退職後の余生を送っています。

退職直後は、朝早く起きる必要がなくなり、死んだようにこんこんと眠り続けました。毎日毎日、昼近くまで眠り、ゴソゴソ起きだしては、怠惰な動きで活動を始めるという毎日が続きました。もう少し早起き生活を続けていたら、死んでいたかもしれないと思うほどでした。

退職2年目の夏、よく行く楽器店で、ふとDTM のモニターに引き付けられました。というか、そのモニターが、私を呼んだような気がしました。これが、私とDTMの出会いでした。それまでも、シーケンサーとか使ったことが無いわけではないのですが、本格的DTMとの出会いは、初めてでした。

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今日はここまでにします。近々「現在の私 4」で、またお会いしましょう!


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