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吐いて 吸って(短編作品)

 精神科医の小野田徹は、今年度の仕事を終えた。今年も様々な患者を診て来た。部屋を暗くし、リビングのソファに腰掛け、ブランデーを飲む。グラスに入った琥珀色の液体を眺めながら、今年、担当した患者の面々を思い出していく。と、そういえば、不思議な患者が2人いた。一人は、吉田 慎という男。
もう一人は、田中莉子という女子高生。
 吉田は今年に入り、中間管理職になった。顧客と自身の業務、部下の指導で環境が大いに変わり、嵐のような日々を送るよになった。いずれか、精神をすり減らし、私の元へ来るようになった。
 吉田は、言った。
 私は、神経質ですから、人に強く言ったりするのがすこぶる苦手なんですよぉ だから、とにかく聞き役になってしまう。でも、聞き役って嫌ですねぇ。他人の毒をもらう訳ですから・・・・・・
僕は、もらった毒を飲み込んむんです。無理して。そうすれば、体の中で勝手に解毒され、消化するものだと思っていました。だけど毒は毒ですね。いつの間にか、僕の心を蝕んでいた。吉田は、青白い顔をして、残念そうにそういった。
 もう一人の患者は田中 莉子は、人間不信に陥っていた。クラスメイト達の発言がコロコロ変わり一貫性がないことや、仲良くしていた子が陰で悪口を言われていることを耳にしているうちに、人を信じることが出来なくなっていた。
最近は、動悸がし、息苦しくなることがあるらしい。莉子は言った。
クラスの空気が嫌い!悪い何かがずっと私に付き纏ってる感じ!
もう、押しつぶされそう・・・・・・。やってられないですぅ。
萎れるようにそう言った。

 二人とも、なんとか、出勤、登校はできるレベルであったが、悪化する大いにある。無理はさせないように、丁寧に診察することを心掛けた。
 しかし、事は一気に一転する。吉田が明るい表情で私の元へやって来てこう言った
「先生先生!私、見つけちゃいました。心が晴れ晴れする方法を!もう、これで大丈夫です!」
何かと聞くと、嘔吐の真似事をすると治るらしい・・・・・・。まさかと疑うが、本人の話ぶり、顔の血色の良さからいうと本当らしい。口の中に水を含み、豪快に吐き出す。それを繰り返すと鬱屈とした気持ちがなくなるということだ。さらに、付け加えると、それが水はなく、清涼飲料水だったりすると効果覿面らしい。
もちろん、そんな実証データはない。吉田の中には、本当に心の毒があり、それを吐き出したということか・・・・・・?

 田中も晴れやかに、私の元に来てこう言った。
「先生。もう大丈夫!! 治る方法を見つけたんです!!」
今どきの明るい女子高生の顔になっていた。
何かと聞くと、クラスメイトの子の、ブラウスの香りを思いっきり吸い込むと治るらしい。スーハァ スーハァ すると治るらしい。
不信感も動悸も、綺麗さっぱり・・・・・・。
これもまた、信じ難い。香りでのリラックス効果があるが、何もかも、綺麗さっぱりとは・・・・・・。

友人のブラウスが、香りと共に悪い気を取り除くのフィルター効果になっているということことか・・・・・・?
だが、彼女のこれで、青春を謳歌できるぞ!という体から滲み出る若いパワーを感じた。なので、これも本当なのだろう。
 吉田さんは、吐き。田中さんは、吸う。これで、症状が見事に完治した。何か関連性があるのか・・・・・・。考えても仕方のないことだ。
共通するのは人知超えているということと、摩訶不思議であるということ。
人間は面白いなと、改めて感じた。
だからこそ、精神科医を続けて来れたのだと、納得がついた。
小野田は、ブランデーを静かに飲み干し。床につくことにした。また、新たな出会いに期待を寄せて。

効果覿面・・・ 結果や効き目がすぐに現れること。
摩訶不思議・・・はなはだ不思議なこと。

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