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インターホンを押しに 1 (短編小説)

フードデリバリーへアルバイト先を変えた。
別に前のアルバイトの労働条件や待遇に不満があったわけではないし、他にやりたいことがあった訳ではない。

気になる子がいたからだ。気になる子。その子は問題児だった。

その子とは、前のバイトで一緒だった。入ってきてから早々 お客様に対して問題発言をしまくり、厳重注意を受けていた。

ある日の休憩時間。
その子に突然ライターある?と尋ねられ焦った。タバコは吸わないので、もちろん持っていなかった。
その子は、あ、そうと言って手に挟まれた煙草を箱の中に収め、ぼーっと夕陽の方を眺めた。酷く切なそうな顔だった。

居た堪れなくなった。
そして、その瞬間思い出す。
そういえば、休憩室のテーブルにライターがおいてあったぞ(誰かのか知らないけど)それを取って彼女に渡しに行った。自分でも驚いている

彼女は、びっくりした表情を見せた。超意外だったの笑いながら
お礼を言われた。別に悪い子じゃないとわかった。

彼女の態度は変わらなかった。お客様にも店長にも。
大人に食ってかかってばかりいる。
いつしか、僕に愚痴を吐くようになった。

僕に愚痴を吐いてくれるのは、少し嬉しかった。
いや、大分嬉しかった。
僕が言えないことや頭の中で霞がかっていたことを
彼女が代弁してくれているようだった。だから、小気味良かった。

アニメや映画の話もした。最近彼女もアニメ、映画をよく観るそうだ。
僕がオタクだと言うことは、モロにバレていた。最初からそうだと思われていた。
でも、そんなことはどうでも良くなっていた。

ある日、バイトに行くと不機嫌な顔でこう言われた。
今日で、最後だから。
びっくりした。
えっ
としか、言えなかった。
店長に今さっき、クビだと言われたらしい。

ショックで何も言えない。最後なら、LINEを交換しようとしたが
できなかった。こんなときに限って勇気が出ない。自己嫌悪。
彼女のシフトが終わり、本当に彼女とはもう会えなくなる。
い、嫌だ。そんなの嫌だ。

そして、

勇気を振り絞って出た言葉が、

これからどうするの??
いやぁぁあ!!LINE交換しようだろぉおお!!

彼女は、死のうかな。と一言

凍りつくとはこのことか。
彼女は、切なそうに笑いながら冗談だよ。と言った。
でも、引きこもりになるかも。もう、無理なんだ。

そう言った。
僕は何も言えなかった。

彼女は、ほんじゃ。と挨拶をして帰っていった。

店長がブツクサと彼女の文句を言いながら、書類を整理している
その中に、彼女の履歴書を見つけた。
彼女の住所が目に飛び込む。頭にインストールされる。自動的に。

つづく。



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