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子どもからの学びを通して、野生を取り戻す。

私は再婚していて、前妻との間に息子が一人おりますが、
離婚の際に「親権は前妻」として当時小学1年生だった息子とは以来離れて暮らしています。
LINE等で連絡は取り合えているので、関係性は安定していると思います。

詳細は割愛しますが、
離婚に至った根本的な原因は夫婦間の価値感、人生観の大きなズレでした。
ちなみに離始する少し前に、私がADHDだと判明しました。
そのことを思うと、前妻にも大変な苦労を強いてしまったと思っております。

現在、再婚した妻との間に息子がいます。今年、生まれたばかりです。
妻もADHDなので、行政の皆様や近所の個人的なつながりも含めて
多くの皆様に支援して頂きながら過ごしております。
まだ、試行錯誤の毎日です。それでも、日々注いでくださる励ましの言葉と温かい眼差しを頼りに、一日、一日、綱渡りをしています。

生まれて間もない息子は、言葉以前のパワフルで原初的な存在を通して、日々さまざまなことに気付かせてくれます。
旅する保育士の久保田修平さんは、日頃から「大切なのは教育ではなく共育だ」と述べて積極的に活動されています。

共育、という表現には、「大人が(一方的に)子どもに教える」から「大人も子どもから学ぶ」という変容への想いが乗せられているそうです。
私も、息子と共に共育していこうと思っています。
息子の内に、大人が忘れてしまっているヒト本来の野生を感じます。

大人が野生を忘れてしまうのは、どうしてでしょうか。
すぐに思い当たるのは、社会性を身につけて定着していくにつれて、気付かぬうちに身体性を離れて脳化し、
もともとあった野生がどこかに消えていってしまう、ということ。

人間は関係性の生きものですから、社会性と無縁になることはほとんど不可能ですが、
少しだけでも野生を取り戻していけたら、一個人としての人生は大きく拡がり豊かになっていくでしょう。
子どもからの学びを通して、野生を取り戻す。
素敵だと思いませんか。

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私は、発案することが多く、
出発点とか足がかりとしての考案や企画の原案、アイデア出しは得意です。
開発したり、それに伴う諸手続きを継続的に実行することができません。
やろうとすると調子を崩して寝込んでしまうため、
ドクターストップがかかっています。

自分のアイデアを独り占めするつもりは1ミリもありません。
私にわざわざ報告する必要もないので、
もし気に入ったらご自由にやってください。
よろしくお願い致します。

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