おばあちゃんとビール

去年の一月に亡くなった最愛の祖母はビールが大好きだった。

会うたびにビールが飲みたいビールが飲みたい、とわたし達に言っていた。

その祖母に、祖母の娘である母や、わたしの姉がよく手みやげでビールを持って会いに行っていたのを思い出す。

土産といえば普通甘いお菓子を持って行くイメージが浮かぶけど、祖母の家に行く時の手土産は決まってビール缶だった。

その祖母だが、わたしが二十歳の頃、祖母の夫である祖父を癌で亡くし、それから随分と元気をなくしたように思える。

じいちゃんに会いたい
早くあっちにいきたい

祖母は、まるで泣くように心の声を漏らした。

ふたりは、孫のわたしにとって憧れの夫婦だった。

いつもじいちゃんが、ばあちゃんの肩をもんで祖母をいたわっていたように思う。

祖母も祖父も、ものすごく明るくてひょうきんで、物心ついた頃からよく笑わせてもらった。

しかし、祖父が亡くなってから元気が亡くなった祖母は

ビールが飲みたい

飲まなきゃ眠れない

と、そう言いながらさみしげな表情を浮かべるようになった。

じいちゃんがいた頃、楽しそうにビールを飲むばあちゃんの姿は・・・


まだ健在していた。

ビール缶をプハーと飲む瞬間、ばあちゃんはあの頃、じいちゃんが隣にいて笑っていた頃のような明るい表情に戻るのだ。

わたしがどんなジョークを言ってばあちゃんを笑わせるよりばあちゃんはビールを飲んでいる時が一番心の底から笑っていた気がする。

不思議なことに、ビールには人を幸せにするパワーが潜んでいるのだ。

そんな風にビールを美味しそうに飲む祖母だったが、わたしは正直、祖母がビールを美味しいと思う気持ちがそこまで理解できなかった。自分も成人以降、ビールはよく飲んできたが・・・。

とりあえず生、な感覚だった。

しかし、一変して変わった。

ビールの本当の美味しさを知ったあの瞬間から。

一年前、祖母が亡き後はじめてきた夏。

その日、一日朝から晩まで(途中お昼休憩をはさみ)ぶっ通しで飲食店でバイトをしていたのだが、やたらと忙しい一日だったのを覚えている。もしかしたら一年を通してベスト3に入るのではないか、というくらい。

おまけに店内は冷房は効いているものの、わたし達店員は常に動きっぱなしなので汗がダクダクになっていた。

そして、非常に喉がカラカラだ。水分補給する暇もないくらい本当に忙しかったのだ。

そんな状態のまま、毎日営業後に生ビール機器の水通しする際に出る生ビール(中ジョッキ8割くらい)を、我慢できずにその場で飲んでしまったその時だった。

ぐびぐびぐび・・・

う、う、う、う、うまーい!!!!!

まさに、喉がカラカラの砂漠に冷えたビールがスーッとしみこんでいく。

あっという間に、喉の渇きという名の日照りを癒してくれた。

そして率直に思った。

あれ? ビールってこんなに美味しかったっけ?

二十歳の頃からずっと酒好きのわたし。

一番好き好んで飲むのはワインだったが、ビールもそれなりに飲んできた。

しかし、あの瞬間・・・暑い夏、バイト終わりに喉がカラカラの状態で冷え冷えの生ビールを飲み干した瞬間からわたしの中で大きく何かが変わった。

とりあえず生ビール、ではなく

やっぱり生ビール

である。

生ビールの真の美味しさに気づいたその年の夏、祖母の孫にあたるわたしや従兄弟一家でみんな集まり一緒にビールを飲んだ。

ずっとお互い連絡をとらずに疎遠だった従兄弟達。その従兄弟の兄ちゃんが立派な父親になっていて、優しい奥様、可愛い子供達がいる。そして姉一家やわたしと彼が従兄弟の家にお邪魔してごちそうをつまみ、ビールを飲みながら思い出話に花を咲かした。

ばあちゃんはあの銘柄のビールが好きだったね

とか

ばあちゃんに会いたいね

とか。

従兄弟の家で飲んだ後、近くでお祭りをしていたので一緒にみんなで河原へ移動し、花火を見た。

ここも思い出の場所だった。

ばあちゃんじいちゃんがいた頃、よく一緒に夏祭りに行った場所。

花火はものすごく美しくて、でも儚い。
なぜあんなに儚いのだろう。

花火が打ち上げ終わった後は、いつも寂しい。

それでも、今こうやってみんな孫一同集まって一緒に笑って夜空を見上げるこの瞬間がかけがえのない時間であるとどこかで実感していた。


ふとわたしは思った。

ばあちゃんがいなかったら、じいちゃんがいなかったら、わたし達みんなここにいない。

そう思うとばあちゃんじいちゃんはすごい人達なんだなぁと思う。

ばあちゃん。

ばあちゃんがじいちゃんに会いたいと言っていたあの頃のようにわたしはずっとずっとばあちゃんに会いたいと願うよ。もちろんじいちゃんにも。

ビールを飲むたび、ばあちゃんを思い出す。

ビールを飲む瞬間、途端にパァァと明るい表情になったばあちゃんの顔が浮かぶ。

横にばあちゃんがいたらなぁとどんなに願うことか。

ビール美味しいね、今ならそう言いながらばあちゃんに語りかけられるのに。


ばあちゃん、乾杯。



#あの夏に乾杯 #エッセイ #実話



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